クアラルンプールで、いろいろと子どもたちに腹が立つ

姉ノアちゃん7歳と、弟リョウくん5歳。子どもたち2人と、ママと僕。つい先日、8月に、僕は夏休みを取って、4人でマレーシアのクアラルンプールに1週間行ってきた。
前々から、子どもたちの英語力向上のためにも、親子留学、子どもたちとママの3人で、が、いいのでは、って話をしていて、一時その話しも中断していたけれど、改めて検討しはじめた。
やっぱり、いろいろ子どもたちの将来のこととか話していると、英語力も大切だけどそれに加えて、多種多様な文化に小さいうちから触れておくってことが大切じゃないかっていうことになり。まずはとりあえず、現地の学校や環境を下見に行こうという話になって、今回旅行に行ってきた次第だ。

 

●マレーシアのリゾート、ペナン島で出会った家族

マレーシアに行くにあたって、せっかくなのでリゾートにも少し立ち寄ることにした。で、ペナン島。ランカウイ島と並ぶ、有名マリンリゾート地だ。ダイビングの免許も持っているしサーフィンもやり始めている僕からすると、憧れの地でもある。

が、しかし、子どもたちは、残念ながらプールが一番好きであった。
ペナン島まで来たにも関わらず、ずっとホテルのプールに行きたがる。
到着2日目、3日目になっても、朝から「早くプールに行きたい!早くプールに行きたい!」と連呼してくる。
海にも全然行かないし、魚も見に行かないし。夕方になってプールから出てくると、外にお出かけに行くのではなく、ホテル併設の子ども向けのプレイランドで遊び始める。カラフルなプラスチックでできた、ボールプールや滑り台がある奴だ。
これって、日本中のそこらに乱立するボーネルンドのキドキドでよくね?っていうか、キドキドの方がクオリティ高くね?
わざわざ、エア(といっても、AirAsiaの格安便なのだが)を乗り継いで、ペナン島まで来たのに。この子どもたちは!

プールで、ちょうど子どもたちと近い年齢の女の子が居た。お互い、同じぐらいの年齢の日本人の子が居たものだから、見つけた瞬間嬉しがって、一瞬で仲良しになる。子どもたちが一緒になって遊んでいるから、親同士も自然と会話をするようになる。いわば、公園のママ友みたいな感じだ。

その女の子の家族は、すごく良さげな雰囲気の家族。優しそうなパパさんとママさん。きっとしっかりとしたお仕事をされているんだろう。ご家族3人ともすごく仲良しで、そして、夏休みに幼稚園児のその女の子を連れて、ペナン島まで来ているなんて。話を聞くと、毎年、いろいろなところに行っているみたい。
なんと偶然、パパさんも僕と同じ大阪茨木市出身。奇しくも隣の小学校だった。
今はどちらにお住まいなんですか?なんて聞かれて、「僕は東京、ママと子どもたちは、福岡です。」って答えると、向こうにもこちらが良さげな家族のように見えるのか、「単身赴任なんですね!大変ですね!今日は、家族一緒でいいですね!」って。説明がややこしいから、そのまま、単身赴任。
深入りされても回答に窮するので、極力その話題を避け、近隣のレストランやホテルの事情、パラセーリングなどのアクティビティの価格事情(交渉次第で値段があってないようなものだから)などの情報交換の話をした。

子どもたちは、その女の子とプールではしゃぎまくっている。
そのうち、中東系な感じの同じ年齢ぐらいの子どもも輪に入ってきて、みんなで潜ったりジャンプしたり、潜ったりジャンプしたり。エンドレスにまるで機械のように繰り返している。
中東系の子とは、会話が通じないんだけど、全く問題ないみたい。通じてないのに関わらず、お互いの言葉で話している。

こっちは大人だから、もういい加減、寒いんだけど。飽きない子どもたちだ。

 

●クアラルンプールでの学校の視察

4日目に、クアラルンプールに戻って今回の旅のメイン、学校の視察に行った。あと実際の生活環境ってどういう感じかなって、いろいろウロチョロもした。

イオンがかなり普及していた。いわゆるショッピングセンターのサイズのイオンだ。
これなら、生活ができる。ほとんど日本と同じ。日本の調味料とかも倍ぐらいの価格はするが、一通り百貨店などで揃っている。
もはや、マレーシア、現地の購買力が高すぎ。あまり日本に比べて安いという感じはしなかった。特に福岡と比べると、下手すると福岡の方が安いのではないか。配車アプリのGrabがインドネシアマーケットに2000億円の投資をする、とかってニュース流れてたけど、この国力なら納得できる。やっぱり人口も多いし。
せっかくなので、Airbnbで現地のマンションに泊まることにした。現地のマンションって言っても高級な部類だとは思うが、もはや中に入ると日本のマンションと何ら変わらない。

一方で道を歩くと、中東な雰囲気の人も多いし、中国な感じの人も多い。宗教もいろいろありそうである。
見学しにいった学校では、欧米系の方も多いし、アフリカ系な感じの方も多かった。これならたしかに、グローバルな交流はできるのだろう。なかなか満足できる環境ではある。

ただ、4人で街中を歩いていると、リョウくんは、目を離すとすぐにどこかに走り去る。全く言うことを聞かない。元気な5歳の男の子なので、もはやしょうがない。がしかし、異国、しかもマレーシア。人がゴタゴタしていて、この環境下で実際親子留学をするとなると、僕も時々、こちらに来ては2週間ぐらいとか滞在するつもりではあったが、それ以外の期間、ママ1人で2人の子どもたちの面倒を見るのは大変だと思う。結果、二人での会話としては、やっぱりリョウくんが小学校2年生ぐらいになるまでは、ちょっと難しいかな、っていう感じだった。
ただ、まぁマレーシアという国の雰囲気とか、日頃の生活イメージや学校がどんな感じなのかってことをだいたい掴めたのは良かったと思う。

 

●クアラルンプールの雑踏の屋台での物売り

夜には、せっかくなので、クアラルンプールの名物の屋台の並ぶストリートに行った。500mぐらいの長い距離に渡って、しかも横幅が広い通りに、所狭しと食べ物やフルーツやお土産物の屋台がならんで、人がゴタゴタ殺到している。かなりたくさんの人。そこら中から漂うドリアンの匂い。ノアちゃんは、ずっと鼻をつまんでいる。臭いんだろうな。1時間経ってもずっと鼻をつまんでいた。

旅行雑誌などで取り上げられている、偽ミッキーマウスのロゴがトレードマークの屋台に入って、手羽先や串焼きなどを頼むことにした。
いろいろ怖いから、ペットボトルのジュースを頼んだつもりなのだが、残念ながらコップに入った状態で出てくる。しかも、氷の入った状態で。怖がりの僕は、食べ物もちょっとびっくりおっかな。
そんな状態なのに、周りはずっと人にあふれて、ゴタゴタしっぱなし。かばんとかもスられやしないかと気になるし、食べてる最中にも、ピカピカ光るおもちゃを両手に持った物売りとかもやってきて、話しているのに割り込んでこちらに売りつけようとする。普通に屋台なお店で座って食べてるのに、売り込んでくるなんて、なんて根性なんだ。綺麗な店に並んでいるモノですら、信頼できないのに、売り子が売り歩いているものなんて、絶対信用できない。すぐに追い払うものの、そういういろいろがあって、食べるのにも集中できない。

 

僕は、10年前に結婚して、そして2年前に別居になって、それから約2年が経つが、この6月末に離婚の手続きが完了した。
プライベートなことなので、皆さんには、特に報告していないのだが、このブログにて、報告をすることとする。

巡りに巡って、結局、子どもたちの親権者は、ノアちゃんもリョウくんも僕になり、また、彼女曰くお金も特に要らないし、お金の合意も要らないとのこと。普通に僕が子どもたちに必要なお金の負担を、普通にしていってね、というだけで。
子どもたちは、まだ小さいので、引き続き彼女の元で育ててもらうが、好きな時に好きなだけ会えるし、子どもたちが自分でいろいろ判断できるようになったり、自分で飛行機とか乗れるようになったら、子どもたちが好きなように適当にどちらかの家に行く感じになる。
この2年間、二人の間に向こうの弁護士が入っていたタイミングの話しと全く違って、この6月になって、急にこんなすごく優しい決断をしてくれた。2年間、すごくしんどかった毎日が嘘のよう。あまりに嬉しすぎて初めは信じられなかった。でも、実際そうなって、本当に幸せ。彼女の今回のこの決断には、すごく感謝している。
彼女は僕が子どもと会うときには、長崎のアイランドルミナとかの面白そうな場所へ行く時とか、その他気が向いた時とかは一緒に来るし、仕事とか何かプライベートの予定とかがあると、最後の日の夕食ぐらいを一緒に食べる感じ。

彼女は、学生時代、カンボジアのNGOで1年間働いてただけあって、クアラルンプールの雑踏の中でも、別に普通な感じで、屋台の串焼きや飲み物を臆せず平気で、ニコニコ笑いながら食べてて、すごく素敵な感じ。

 

食べ終わって、落ち着くと、ノアちゃんが、わがままを言い始める。「あのさっきのピカピカ光るおもちゃが欲しい。」
マジカ。誓って、絶対にまがい物だぞ。

そう思いつつも、結局、4人で、あの売り子を探すことに。

なぜ、クアラルンプールの雑踏で、まがい物を売っているいかがわしい売り子を4人がかりで血眼になって探しているのだろう。騙してくるだろうな、な、怪しい売り子を自ら探すという、はじめての経験をする。おそらく、この屋台ストリート広しと言えども、そんな人はいないだろう。負けた感でいっぱいである。

 

●道の真ん中でカラオケを歌っている人

屋台の通りの雑踏の中、体にハンディキャップのある人が、大音量でカラオケを歌っている。足元には、お金を入れる用の皿が置いている。
なんとも言えない。

両腕が、事故かな、病気かな、肩のすぐ下からすごく細くなって、10cmぐらいの長さしかない。
リョウくんが、彼のことを指差して、腕が変だよって言ってて、ノアちゃんが、リョウくん、指差したらだめ!失礼でしょ!と言いつつ、ギョロギョロずっと見ているお前も失礼だろうと思いつつ、往来のど真ん中で大音量でカラオケを歌っている人に注目をすることが、そもそも失礼なのかと思いつつ、パパ、あの人どうしたの?何してるの?って聞かれて、どう答えたらいいか、悩んでしまう。

いろいろ苦労されているんだろうな。苦労されていることを目立つ形にすることで、お金をもらえて生活ができているんだろうな。いやいや、彼がこんなことをしなくても、もっと自然に脳と脳がつながる感じになって、自然に助け合えるような社会になればいいなと思うんだけど。目の当たりにしたくないことを目のあたりにすることで、いろいろと考えさせられてしまう。
でも、このシチュエーションについて、彼が一体なんなのか、子どもたちになんて説明をしたらいいのか、本当に難しい。

 

そういえば、離婚の手続きが完了したときに、最初に思ったことは、子どもたちに離婚の説明をどういう形でしたらいいのか、だった。すごく悩んだ。
彼女と事前に打合せをしたほうがいいのかな。子どもたちにはある年齢になるまで伏せてたほうがいいのかな。ノアちゃんのこともリョウくんのことも大好きだよって伝えなきゃ。どうしようどうしよう、と思いつつ、僕の中で結論が出ないまま、子どもたちと遊ぶ日を迎えてしまった。

子どもたちと会って、車でお出かけ。助手席に彼女が座って、後部座席に、ノアちゃんとリョウくん。
子どもたちに会うときは、最初に、学校の様子を聞くことにしている。
「ノアちゃん、あの仲良しの1つ年上の男の子とは、最近どうなの?いつも、お昼休みに中庭でデートしてるの?」
「ううん。最近はしてない。もうあの子とは離婚したんだ。」

えっ。離婚?子どもが離婚って言ってる?
さっき、ノアちゃんが間違いなく「離婚をしたんだ」って言ったよな。

「離婚?なにそれ?絶交のこと?絶交でしょ?」
「絶交じゃないよ。絶交は、もう二度と話をしないってことでしょ?絶交はしてないよ。離婚だよ。これからも別に話しをしないわけじゃないし。」
「なるほど・・・。」

離婚って子どもたちの中でどんな定義なんだ?って思いつつ、隣の彼女を見ると、どうやら、離婚のことはもう話したみたい。まぁ彼女は、毎日一緒に暮らしているしね。彼女は子どもたちになんて説明したんだろう、と思いつつ、そのことよりともかく、正直言って、子どもたちにどう説明するべきなんだろうって、ずっと悩んでいたのが、その問題自体がすでに終わってしまっていることを理解し、肩の荷が降りてホッとした。

 

●Doraの実写版の映画

クアラルンプールでは、Doraの実写版の映画が上映されていた。道端のDoraの看板を見て、子どもたちが見たい!とのこと。
Doraというのは、南米のスペイン語圏向けの英語学習とかにも使われるようなマンガ作品だ。日本では全く知名度がないが、位置づけ的にはセサミ・ストリートみたいな感じと思ってもらったら良いかなと。主人公は、Doraという7歳の女の子。スペイン語圏向けなので、挨拶は、オラ!
ノアちゃんには、小さい頃から英語の勉強用にDoraのマンガとかを渡してたらから、Doraが大好き。わざわざ旅行中に映画を見に行く必要も無いのだが、Doraの実写版、きっと日本では永久に上映されないだろうなので、せっかくなので見に行った。イオンの中のシネマコンプレックス。システムとか日本と一緒。で、このDoraの映画は、音声が英語、字幕が中国語とマレー語。

子どもたちには、日本でもいつもアニメを見るときは、日本語ではなく英語音声だけにしているから、基本的には特に抵抗感も無いのだろう。だからこその、次のステップの親子留学なのだ。実際、ノアちゃんは上映中食い入るように見ていて、でもリョウくんはちょっと難しいのか、ママに甘えっぱなし。ママ、、彼女は、楽勝そうだが、彼女と違って、僕は、残念ながら、なんちゃってのTOEIC800点台なので、子ども向け映画とはいえなかなか中身を理解するのが難しい。精神を集中してストーリーに食らいついていく。

最後の場面、映画のクライマックスの後のところのシーン、日本人は誰もこの映画見ないだろうから、ネタバレでちょっと紹介すると、

——
映画の最初、17歳になったDoraが冒険家の親と一緒に冒険に行きたがっていたのだが、親は危険だからって許さない。親が冒険に行く間、Doraはアメリカの学校に留学することとなる。
で、最後のシーンでは、探検に巻き込まれたDoraの活躍にびっくりし、そして安心した両親が、これからは家族で一緒に冒険に行こう、って話すのだが、Doraは探検で絆が深まった友達たちのいるアメリカの学校に戻るという。両親はそれを聞いて、「それはいい!がんばって勉強しておいで!」って笑顔で送り出すのだが、Doraが席を立って見えなくなった瞬間に二人して、Doraが親離れしちゃったものだから、悲しくて悲しくて号位しちゃう。それでエンドロール。
——

分かるー。
まだ親離れするような年齢じゃないから、厳密には、分からないけどー。

このシーン、シチュエーションは違うものの、この2年間、全然子どもたちに会うことができなくて、すごく悲しかったことを思い出して、でも、時々子どもたちに会えた時は、子どもたちの前では、笑顔でいてて。
つい、もらい泣きしてしまった。

彼女も子どもたちのことが大好きだけど、僕も子どもたちのことが大好きだ。僕の人生で、やっぱり子どもたちが一番大切だ。
本当に子どもたちのことが好きだ。旅行中も、寝ている顔ですら、ずっと見ていて幸せしか感じない。
ノアちゃんは、本当に優しい子で、いつでも周りの人の気遣いをする。そんなに気遣いしちゃうとノアちゃん自身が大変だよって心配になるぐらい。すごく優しい子。何回も僕に手紙をくれる。宿題とか英語の勉強も決めたことをちゃんと真面目にやれる子。大好き。
リョウくんは、僕にそっくりで理数系男子。算数が大好き。暇なときに算数をする?って誘うと、目をキラキラさせて、僕と二人で一緒になって、足し算とか引き算をする。すでに年中さんにして、小2のノアちゃんの宿題とかを代わりに解けちゃうぐらい。集中力の高さといい、すごく才能を感じる。大好き。

6月以降は、自由に会えるようになって、何度も会うようにしているが、子どもたちと一緒に過ごせる時間が幸せすぎる。
2年前以前の、家族がみんな一緒に生活していたころ、子どもたちがいる時間、一瞬一瞬が、こんなに大切な時間だなんて、当時は全くわからなかった。会えなかった期間を経て、今は一瞬一瞬にすごく感謝するようになった。ノアちゃん、リョウくん、ありがとうって本当に思う。生きているという実感を感じさせてくれる。

 

でも、だからこそ、仕事も大切なのだと感じる。
グループの代表として、家族のために働きに来てくださってる多くの社員の皆さんに、しっかりと生きがいと共に、ちゃんと安心して生活ができるようにしていかないと。ともかく、会社をしっかりとしないと。
昔、ノアちゃんが産まれた時に、彼女とは話しをしたんだけど、大災害とか大地震とか、何かあった時には、だからこそ子どもたちのことは彼女に任せて、僕は会社に行くねって伝えた。改めて、個人として、子どもたちとの時間の大切さを感じるからこそ、会社やお仕事が真剣に大切に思える。

ノアちゃん、リョウくん、大好きだよ。
映画が終わってから、ノアちゃんに、英語、ちゃんと理解できた?どのぐらい理解できた?って聞いたら、「ほとんど全く理解できなかった」って。あれ?あれれ??

 

●行かないって言ってるのに、ずっとプールに行きたがる子どもたちに腹が立つ

子どもたち2人は、クアラルンプールに来てから、せっかくのマレーシアの観光地に行くのではなく、早くプールに行きたい!早くプールに行きたい!って2人してずっと連呼している。

そもそもペナン島はさておき、プールに行くつもりはない。今回は、学校や生活環境の下見がメインなのだ。映画には行ったけど。
プールには行かないよって、ちゃんと言ってるのに、この2人は何をそんなに言ってるのだ。あまりにも言ってくるので、ちょっとこっちも腹が立ってくる。

本当にノアちゃんもリョウくんも全然話が通じねーな、と思いながら、よくよく二人の話を聞くと、この二人、二人してクアラルンプールのこと、「プール」だと思っていた。

それは、話が噛み合わないや。

なぜ僕たちは映画上映をするのか?

なぜ、ガイアックスは、そして、NagatachoGRiDでは、シリアスな映画の上映をするのか。そして、食事も提供していろいろ語れるようにしているのか。

ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーによって、
他人同士がつながっていくことは、
脳と脳がつながっていくことは、
実際には、それ自体にそこまで意味がなく、
それによって社会が変わることが重要で。
また、何が大きく変わるのか、何を大きく変えることができるのか、というと、いろいろな局面で「社会問題」と言われている問題の解決に、もっとも意味があると考えている。

ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーで、たしかに儲かったり、たしかにより適切な物質が手に入ることもあろう。
友達もできるし、楽しい時間も過ごせるだろう。
でも、それだけじゃなくて、「社会問題」が解決するのだ。

 

そもそも社会問題に興味がない、、のも、まぁ個人の自由ではある。でしょうが、正直、かなり違和感を覚える。

だいぶ前にガイアの夜明けで、スターバックスのゴミ問題、いかにプラスティック製のストローを撤廃するか、が取り上げられていた。担当の女性は、紙のストローだと5分ぐらいでしなってくるし、一定のコストに抑えないといけないし、と、かなり苦労をしていた。

世の中では、クジラがプラスティックを食べ過ぎて死んでしまったりとか、鹿がビニール袋を食べ過ぎて死んでしまったりとか、多種多様な社会問題がある。
スターバックスでも多種多様なお仕事があるだろうけど、僕なら「こういう問題をなんとかしてこそ、まさに自分のスターバックス人生を全うすることになるのだ。」と思うだろう。
そのテレビで取り上げられていたスターバックスの女性も、苦労はしていたものの、きっと彼女にとって素晴らしいお仕事で、きっとめちゃくちゃやりがいのあるお仕事なんだと思う。

もちろん、プラスティックを撤廃することだけが、全国民の問題ではないのは、もちろんそう。ごみ問題以外にも、ややこしい問題がいろいろ世の中に蔓延っている。
今日の時点で、たくさんの社会問題があり、個人として取り掛かるのは、それのどれでもいいと思う。

また、その社会問題をクリティカルに引き起こしている原因は、
今日の世界のコミュニケーションの枠組みが問題であり、ほぼ同意義で、資本主義が問題であり、
それらを解決する根本ソリューションは、新しいコミュニケーションであり、これもほぼ同意義で、ソーシャルメディアとシェアリングエコノミーなのだと思う。
ソーシャルメディアとシェアリングエコノミーが伸長して、資本主義への依存度が下がることが、現行の社会問題(云わば、マジでバカな事)が激減すること、に一致しているのは、間違いない。

 

ついては、ガイアックスのメンバーは、これらの関係性をよりイメージするために、「私たちはコミュニケーションの枠組み不足がゆえに、集団としてバカなことをやっているなぁ。」と、自分たちのことをより正しく理解するために、社会問題をより詳しく知るべきである。
加えて、毎日の私たちの仕事が、レンガを積んでいる仕事をしているのではなく、教会を作ってたくさんの方を幸せにする仕事をしていることを自認するためにも、最終ゴールである、社会問題に親しむことは、すごく重要なんだと思う。

多くの人の感情として、現実として、もちろん、社会問題に興味がないわけではない、、が、接する時間もないし、情報も入ってこないので、なかなか、自分自身のマインドシェアを占有しない、というのは、すごく理解できる。
かくいう僕も、まさにそういう感じ。

だからこそ、一瞬で状況が分かり、感情レベルに影響を与えてくれる映画というのは、最高のソリューションだと思っている。
本読むより映画見る方が、遥かに楽だし。少なくとも個人的にはそう思っている。
テレビを見てると、CMもあるし、バラエティもあるしで、邪魔されるが、映画はそんなことはない。2時間ずっと集中して見ていられる。

シリアスな映画をラインナップして、市民上映を気軽に出来るようにしているCinemoというサービスをしているユナイテッドピープルさん、関根社長は、本当にすごいと思う。関根社長こそ、現代の義士だと思う。サムライっぽい髪型だし。
ぶっちゃけ、全然知らないけど、あまり儲からなさそうだけど、その意義たるや!本当に素晴らしいと思う。
ぜひ、ぴあさんや、ヤフー映画さんや、映画.comさんにも、Cinemoのサポートする市民上映会の情報も網羅してもらいたい。

 

映画が良い理由として、もう1つ理由がある。
人は感情で生きていて、感情というのは、情報よりも遥かに高度でインパクトがある。感情だけが重要で、情報はその下支えというのが正しい理解だろう。

経営上やマーケティング上のテクニックとしても、感情に寄せていくべきなのは、もう明白になっている。
いま、「エモさ」をキーにしたサービスが伸びているのは、まぁ当然。
事業プレゼン1つとっても、ロジカルさ、より、エモさ、の重要性や評価が年々上がっていく。

「感情」をどう扱うのか、という点でも、映画はすごく参考になる。
起承転結をどう作るのか。
感情移入をどうさせるのか。
メッセージをどう伝えるのか。
まさにプロのお仕事!

 

・映画の上映イベントであること
・シリアス映画であること
・それについて、食事をしながら会話し交流ができること

自分で言うのもなんだが、こんなセンス溢れるイベントってないよな、って思う。ガイアックスのメンバーが参加すべきイベントってないよな、って思う。まさにお仕事。
そして、外部からでも、こういうセンスあふれるイベントに参加される方は、きっと接していて、刺激を受けることも多いでしょうし、視野を広げてくれる人になってくれるはず。
また、ガイアックスグループやガイアックスグループにいるメンバーの将来において、そういった人たちは、仲間になってくれる可能性が高いし、仲間になってもらった時に非常にプラスになる人だと思う。

そして、NagatachoGRiDの映画イベントって、独特の雰囲気を作っている。
映画上映中でも、気軽に席を立って、お酒を取りに行って、そして、ブッフェみたいなところから気軽にご飯を食べてる感じ。
最初から、ソファとか、クッションとか、いろいろなところにみんながくつろいでて、みんなが普通に会話している感じ。
映画が終わってからもみんなの語りが終わらない感じ。

ポートランドの映画館では、まさにこんな感じだった。
まるで友達同士で、で、リビングにいて、一緒に映画を見ているのと同じ雰囲気。

 

・私たちの仕事の目標を正しくセットし、より精緻に社会問題解決に活かすため
・今日時点でやっている私たちの今の仕事の意味をより深く理解し、より有意義に感じるため
・そういったお仕事をやっていくにあたって、良い仲間と集うため

僕も参加して、そういう方々との関係性を育みたいし、ガイアックスのメンバーはどんどん参加すべきだし、ブログをお読みの皆さんにもぜひ参加いただきたいし、そして、一緒に関係性を作っていきたい。

そもそも、ガイアックスを山根麻貴さんと一緒に創業したのは、そして、当時、ガイアックスという社名にしようと彼女が決めたのは、ガイアシンフォニーという映画を市民上映会で見たから。
その市民映画上映会が、このガイアックス、つまり、まだまだ小さいけど、とはいえ、数十億円規模の会社を、グループなど含めると、1000人近い人が働くような会社を作り上げたのだ。
やっぱり映画ってパワーがある。

NagatachoGRiDの映画上映イベントからも、いろいろなプロジェクトが立ち上がってくれると嬉しい。

コーポレートサイトは、人と思いとストーリーだけで構成されているべき

ガイアックスでは、オフィシャルサイトをブログにしている。
これには、いくつかの背景がある。

 

(1)ソーシャルメディアの会社だから!

ソーシャルメディア大好き!SNS等全部好きだけど、ブログも大好き!
CMSできっちり系のオフィシャルサイトでもいいんだけど、、、やっぱりブログだよね。

 

(2)そもそも組織だっていない

CMSで、大メニューがあって、中メニューがあって、小メニューがあって、、という感じで、組織だっていない。
オーガナイズされていない。
フリー・フラット・オープンな感じだから、箱に入れづらい。
だから結果的に、タグとかを使って整理することとなる。
更新順に、トップページに出すこととなる。
分かりやすくすることや、見えやすくすることは、大賛成!
でも、実態はわかりずらし、わかりやすくできない以上、これは、致し方ない。
ガイアな自然界というのは、立方体の箱の中に生物が行儀よく座っていないものなのだ。

 

(3)思いが大切

ガイアックスの社員総会「GaiaKitchen」では、多くのプレゼンターが、事業の今や、数字や、社会のニーズにどうマッチしたサービスを提供しているのかなどを、いっぱい発表してくれる。
話を聞いていて、感情が揺さぶられて、泣きそうになるものもある。
お客さんのニーズなんて、マーケティングな日本語ではない。お客さんの気持ちであり、感情なのだ。
もちろん、数字や利益が大切じゃないというわけではない。数字の裏に誰のどのような感情があるのか、が大切なのだ。

ガイアックスグループでは、事業責任者が自由に、事業ごとに事業部ではなく、会社の箱に切り替えることができる。
そして、その会社の株式を新規で50%発行して、ほぼ備忘価格で、事業責任者を含む経営陣やメンバーのみんなで引き受けることができる。
そしてさらに、その新会社の経営陣の判断で自由に、外部の企業や投資家に投資をしてもらって構わない。
ガイアックスも投資をすることもあるし、しないこともある。それは、事業責任者の意思決定範疇外ではあるが、ガイアックスからの投資受け入れも含めて、誰からどう集めるかは、事業責任者やその新会社の経営陣の意思決定なのだ。
投資家さんに向けて、、顔を見て、自分で説得して、信じてくださいと訴えて、そして、はじめて投資をしてくれた、そのお金。

当然ながら、無駄にはできない。当然ながら、何年かは我慢してもらうが、必ず何倍にもして返そうと思っている。
その気持ちがあってこそのお金であり、数字なのだ。

ガイアックスのお金も僕自身が創業から多くの投資家さんに出してもらって、そして上場し、多くの一般投資家さんに買っていただいている。
株主総会や決算説明会などで、多くの株主さんにお会いして、叱咤激励を頂いている。
その重さやそこにある気持ちを、自らファイナンス活動に関わることで、より感じてくださっているメンバーが、ガイアックスグループ内では増殖している。

思いを語るのに、誰が書いているのかわからない記事なんて、全く役に立たない。
誰が、どんな顔をした奴が、どういう使命を感じ、どういう気持ちで、どういう決意を語っているのか。それが重要なのである。

 

(4)データやお固い文章の裏にも気持ちがある

もちろん、いろいろなデータを開示することもある。その中には、マスコミの皆様が正確な情報を短時間で把握いただけるような形式に則った、プレスリリースのようなお固い文章もある。
それらも情報として、オフィシャルサイトに掲載するべきである。
ただし、そういった情報であったとしても、情報だけだと誰も読まないし、興味も持たない。その情報をどういう思いを感じて届けているのか、を伝えないといけない。

 

だからこそであるが、ガイアックスのオフィシャルサイトの記事については、これらのルールを徹底していきたい。

 

(1)誰が書いているのかを明確にする

記事のライターの写真や名前やプロフィールをきっちり明示すること。
そしてあくまで、「私の思いは~」、「僕の意見は~」というように、気持ちや自己主張な論調で書く形とする。

一方で、できれば、断り書きとして、ガイアックスグループとして、オーソライズされた考え方ではなく、コイツ個人の考えなのだ!とリスクヘッジしておいてもらいたい。てへ。
(リスクヘッジが目的ではない!検閲しないということを守りたいのだ!もっとも、言ってもオフィシャルサイトなので、トラブれば逃げ切れないだろうけどねー。)

あと、インタビュー記事であれば、インタビューアーだけでなく、インタビュイー(インタビューを受けている人)の人の概要も欲しいし、インタビュイーのプロフィールとの相互リンクを張ってもらいたい。そのインタビュイーの人のプロフィールを見た時に、その人が書いた記事ではなく、その人のことを書かれたこのインタビュー記事が掲載されていて欲しい。

 

(2)読者の方向けに、そのライターの位置づけや、記事の位置づけを最初に記載する

みんなの言うことって、放言過ぎるので、その記事の内容がそもそも一体何なのかが、頭に入ってこない。
ガイアックスグループは、事業内容も広いし。副業している人も多いし。

つまり、記事の頭に、「ガイアックスグループにおける、どういう位置づけの人による、どの事業の何についての記事なのですよ。」と簡単な説明文を入れてもらいたい。

 

(3)ガイアックスのメンバーの個人ブログや他のメディアでの記載された内容についても、オフィシャルサイトへの転載をどんどん行う

ガイアックスグループの社員のみなさんのうち、このクソ忙しい日々の時間を縫って、どこに、ガイアックスのオフィシャルサイトに記事を書いてくださる方がいるというのだろうか。いや、いない。正直、個人ブログや個人のnoteに記事を書くことですら辛いのに。

自分自身が、仮に、正社員1年目(でも、たとえば、まだ大学生兼)で、新規事業を作っているとしたら、その想いは、きっと、自分のブログや、noteに書くだろう。でもわざわざ、ガイアックス用に作らない。ねぇ、西村環希さん。
でも、ガイアックスのメンバーのその貴重な想いが、ガイアックスグループを表す貴重な情報だとしたら、オフィシャルサイトで紹介すべきだ。リンクを貼るのではなく、読者の方が楽なように全文を転載させてもらうべきだ。もちろん、転載元のリンクも載せておくが。

個人ブログや個人のnoteに記事を書くことですら辛いわけなので、それこそ、そもそものところで、個人ブログに記事を書くということであっても、その支援をガイアックスグループとして行うべきだ。全員が息を吸って吐くように、頭の中の脳みそをインターネット上に設置していくべきなのだ!

 

(4)感情をそのまんま書く

オフィシャルサイトの目立つところに、プレスリリースのみを掲載するのは、ダメだ!
この発表内容についての責任者やリーダーが、どういう思いでこの発表に至ったのか、どういう思いでやってきたのか、やっていくのかを述べる、というのが重要であり、それこそがメインコンテンツである。想いが伝わるのであれば、別に数行だって構わない。
そのメインコンテンツの下に参考情報として、ハードな情報であるプレスリリースの文面を付けておくという形が正しいのである。順番を間違えてはならない。ガイアックスオフィシャルサイトの読者のみなさまは、XML情報を期待しているロボットさんたちやサーバーくんたちばかりではないのだ。今日時点では、まだ「人類」な生命体が大多数のはずなのだ!

だから、感情をそのまんま伝えることが大切である。上田やガイアックスグループの経営陣への不満内容でもいい。マイナスなことは感情だけでなく、ある程度、ブラックユーモアなエッセンスを入れながら突っ込まないと、個人的には読んでてつまんないけど。で、自分自身はどうしたいかも、セットで無いとつまらないけど。あと、何より、あんまりキツイことを万人の面前で書かれちゃうと泣いちゃうけど。

他の会社さんとかで、「採用」とか「人事」のページに限って、ブログ形式にしたり、記事形式にされている場合がある。
少しでもこうやってネット上に、オフィシャルサイトの中に、感情が表に出てくるのは嬉しいなと思う。
急成長され、ガイアックスでもフル活用しているWantedlyも、普通の採用媒体メディアではあるものの、事業に関わる人の気持ちみたいなソフトな情報を大切にして、「募集要項」的なハードな情報を後回しにしていることに、価値がある。
もともとガイアックスでインターンで活躍してくださってた大堀海さんが共同創業者であるPR Tableもよく利用させてもらっているが、プレスリリースの世界で、情報ではなく感情を大切にされていることが、まさに急成長されていらっしゃる要因であろう。
結局、当たり前だが、人は感情で生きているのである。

翻ってガイアックスグループについてであるが、会社の一部や人事採用面のところだけが感情で構成されているのではなく、それこそ、ガイアックスグループに関わるアクション・トランザクション・リソース・組織などのすべてが、感情で構成されているものだと、考えて、定義して、活動している。それ故に、事実に基づき、それらの感情をお伝えしていこうと考えているのである。
そのため、オフィシャルサイトのトップページからして、ブログ形式なのだ。

読者の皆様だって、「情報」だけを求めてないだろう。

僕は、オフで暇な時、気力体力が十分な時は、決算書や四季報やビジネス書を眺めることができるが、疲れている時は、つい、ビジネス小説や空飛ぶタイヤやその他のネットフリックスとかに落ちぶれていく。僕の人類としての体が、感情を追い求めるんだもの。

もしも、オフではなくオンの時間帯においても、毎日毎日、会社やカフェでパソコンを開いて、そこらのドラマに匹敵するような内容のホームページを読んでていい毎日になったら、なんて笑けてくるんだろう。全く疲れない。あー。毎日働いてしまいそうだ。

 

「コーポレートサイトは、人と思いとストーリーだけで構成されているべき」
なんのことはない、
コーポレート、、会社やプロジェクトというのものは、人と思いとストーリーだけで構成されている。だから、そんなことは、当然なのだ。

 

シンガポールのシェアサイクル、3回ルール違反のユーザーは、全事業者による利用停止

週刊ダイヤモンド(2019年6月26日号)のシンガポールのシェアサイクルの記事を読んで、気になったのは、「3回ルール違反のユーザーは、全事業者による利用停止」である。つまり、シンガポールのシェアサイクル事業者は、ユーザー情報を事業者間で共有しているわけである。

この枠組みは、日本において、シェアリングエコノミー事業者間でも、ぜひ実装したい。一緒にやってくれるところ無いかな?
「ホストとゲストの利用規約違反者に関しては、他の事業者に共有する。」という規約に変更し、実際に他の事業者に共有したい。(シェアサイクル事業者間だけではなく、あらゆるカテゴリでの事業者間で共有したい。)
そして、「当サービスならびに情報共有する他のサービスでの利用規約違反の場合、サービス利用を停止する。」としたい。

こういう規約にした場合、どのような印象を、世間は、もしくは、ユーザーは、受けるだろうか。
「情報共有するなんて情報一元管理が進んで怖い。」
「個人情報保護の観点からそんなことが許されるのか。」
「ある1社の利用規約違反の判断は、そこまで正しいものなのか。」
「一度、レッテルを貼られると最後。現代のサービスでは何も使えなくなってしまうのではないか。」
「未成年も同様の扱いなのか。」
「時効のようなものは存在しないのか。」
「せめて、違反の事実のみを書くに留めて、取引をしようと思っているゲストないしホストの自己責任による判断で良いのではないか。」
と感じる人が多いのだろうか。

もしくは、
「他サービスで違反をした人を外すのは、ルール違反者を外すことになり、安心だから、ぜひ進めてほしい。」
「いろいろなサービスをホッピングして、ルール違反や犯罪をしている人を撲滅させることができるので、必須のはず。」
「そもそも他のサービスも使えなくなるという抑止力こそが、サービス内でルールが守られる力学になるのではないか。」
と感じるものなのか。

僕としては、まるで監視社会じゃないか&情報共有をしすぎていて怖い、と思われるかもしれないのだが、それでも、共有してでも、業界全体の違反者の発生を可能な限りゼロに近づけたいと思っている。
個人情報保護なども含む、いろいろな法律を確認した上ではあるが、また時効の設定なども必要になるが、このようなサービスを、まずは、親密先の事業者と一緒に取り組んでいきたい。

 

良くも悪くも、また、望もうが望むまいが、監視社会になっていくのは、もう自明なことである。
数年前のアルバイト先でのちょっとしたおふざけが、その人のキャリアをぶっ壊すわけである。数年前のちょっとしたつぶやきが、その人の人格否定となって、マスコミを賑わすわけである。
国民全員が理解していることであるが、アルバイト先でのおふざけが、ここ数年増えているわけではない。ちょっとした田舎でちょっとした不良が、当然のように学校の窓ガラスを割っていた時代からここ最近に向け、そういう「おふざけ」は、全体量としては急激に減っているものの、その1つ1つが、きっちり見つけられ、全国ニュースとなり、きっちりと犯人が特定され、当該店舗の売上激減につながり、損害賠償を受け、その子供を持つご家庭が悲惨な目になるのである。
そして、もれなく各企業は、そんなことにならないように予め、ガイアックスやアディッシュが提供する、ソーシャルメディアリテラシーの研修を全従業員に受けさせた方が良かったと後悔するのである。宣伝!

シェアリングエコノミー産業は、プロが提供するサービスに比べて、安全性が低いのではないか、と言われることがあるが、決してそんなことはない。
現代のサービスであるシェアリングエコノミーは、ありとあらゆるものを記録し、保存しているわけである。たとえば、ライドシェアの場合、すべての移動経路を指示され、すべての移動経路を記録され、全ての乗客からドライバーのレビューが入り、少しでもレビューが下がってしまうと、二度とドライバーの仕事にありつけなくなるのである。

 

先日、深夜に恵比寿と目黒の間ぐらいから、渋谷の方にタクシーに乗ったのだが、その時の話。
タクシーを拾うべく、こちらに向かってくるタクシーに手を挙げたが、なかなか止まろうとしない。手を挙げても気づかないのか。道路に出て、手を振っても、僕の方に普通のスピードで向かってきて、まったくスピードを落とさない。怖くなって横に避けたが、直前になってやっと気付いてくれた。
そのタクシーに乗ってから、そこでやっと気付いたのだが、その運転手さん、暗いところがよく見えていないみたい。途中、道路の中間分離帯にもぶつかりそうになるし、最後の目標物の看板も本当に近くに来るまで、見つけてくれない。
無事僕は目的地に到着したが、そのドライバーさんはそのまま走り去って、次のお客様を探しに行くわけである。

どういう体験であれ、ありとあらゆるサービスを受けた時に、全てが記録できるような世の中に切り替えていきたいと思う。
もちろん、僕だって既存サービスについては、日常生活において、レビューをサボっている。
食べログもほとんど書かないし、ホテルのレビューもほとんど書かない。通常のサービスにおけるレビュー投稿率は、1%程度であろうか。いつも、イマドキを生きる人として、最低限の義務として、ダメだダメだと思いながら、ついレビューを書かない。そして、タクシーの運転手さんについてのレビューは、書きたくても、システム的に書くことができない。いや、違った。ハガキに書いて投稿すれば、万人が見ることができないが、一応フィードバックができる。ハガキ。
しかしシェアリングエコノミーサービスにおいては、僕のレビュー投稿率は高い。基本は100%ではないだろうか。メルカリ、ヤフオク、Aribnb、Uber、TABICA、ココナラ、ランサーズやクラウドワークス、ありとあらゆるサービスでちゃんとレビューを書いている。

 

レビュー、、、あぁ、考えるだけで、すごくいい。

あるサービスを受けようと思った時に、過去にそのサービスを受けた人全員の脳と瞬時につながって、その人たちのサービス利用後の生々しい感情が、そのつながった線から僕の脳に流れ込んでくるのである。

僕を見かけた人は、過去、僕と触れ合った人全員の脳と瞬時につながって、僕とその方々との交流で発生した生々しい感情が、見かけた瞬間にその人の脳に流れ込んで行くわけである。
あぁ、日々、油断せずに、精進して生きていかねば。

シンガポールでシェアサイクルが消えてしまう

シェアサイクルが十分にあったはずのシンガポールにおいて、規制強化に伴い、かなりの事業者が撤退することとなった。

週刊ダイヤモンド(2019年6月26日号)からのポイントを整理すると、
−−−
●事業者に免許制を導入
→まぁ妥当かな。
●自転車の登録台数の上限設定
→かなり少なめの数値設定とのこと。残念!
●利用者が指定駐輪場に止めるまで課金が続く仕様とする
→指定駐輪場という概念は違うと思う。
●3回ルール違反のユーザーは、全事業者による利用停止
→すごいルール!
●ルール違反の事業者への罰則強化
→これはまぁ妥当かな。
−−−
とのことである。

自転車が減り、駐輪場が減り、利用者が減り、事業者が採算が合わなくなり撤退し、、、ということで、ネガティブスパイラルに入っちゃっているわけである。非常に残念である。まぁありえない。

これは、シェアリングエコノミー協会、代表理事として、の発言ではない。
トライアスロン大好き、自転車大好き人間の上田として、のコメントである。

はっきりいうが、絶対にこのシンガポールの規制強化は、間違っている。バカじゃないかと思う。
ちなみに、日本においてもシェアサイクルは全然普及していない。その理由は明白だ。シンガポールと同様に路駐が許されていないからだ。だからと言って、公共が十分に駐輪場を用意しているわけでもない。

 

中国のシェアサイクルを見て、いろいろな意見を言う人がいる。
・自転車がたくさん捨てられている。有り余るほどの自転車があり、社会問題だ。
・事業者の多くは、経営難になり、やっぱりシェアサイクルのシステムは社会において間違っていた。デポジットを返していない事業者もあり、消費者は欺かれた。

中国のシェアサイクルがたくさん並んでいる風景を撮した写真。あの写真に、インパクトを感じられた方は多いとおもう。あの写真をブログにアップして、これはいかがなものか、という論調は多い。

たしかに事業者の経営判断ミスもあろうが、そもそもの経営判断は、日本にいる普通の経営者の日頃の経営レベルに比べ、遥かに高度なレベルでの話であり、そこら辺にいる日本人が気軽に突っ込めるレベルでの話しではない。いわば、日本の大学のバスケサークルのメンバーが、NBA選手の判断ミスをあざ笑っているようなものである。

だいたい、社会全体の意思として、シェアサイクルをもっと普及させていないのは、本当に間違っている。バカだ。
現在の日本のシェアサイクル事業者は、この厳しいマーケットにおいて、よくもまぁ日本人のためにシェアサイクル事業に参入し、頑張ってくださっていると思う。まさに真の貢献者である!

ドコモ・バイクシェアさん、いつもお世話になっています!僕は、かなりのヘビーユーザー。
コギコギさん、地方都市などで、低価格に導入を可能されてがんばっていらっしゃる。
ハローサイクリングさん、勢いよく伸ばされている印象が。
その他、多くの会社ががんばっていらっしゃる。

 

●普通に自分の自転車に乗るよりもシェアサイクルが良い理由

君は、自転車が普及し、通勤など日頃の交通手段として普及しているオランダの、駅前などの自転車置き場を見たことがあるか?

オランダにおける大抵の自転車置き場は、かなり広大なスペースであり、そして、そこにかなりの数の自転車が並んでいる。その光景は、壮大すぎて、笑いがでてくる。広々としたスペースに地の果てまで自転車が埋め尽くされ、並んでいるのである。

なぜそのように並ぶのか。
それは、そこに置いている、ある一台の自転車は、その所有者しか利用することができないからである。なんと、人の数だけ自転車の数が必要なのである。

それに比べたら、当然であるが、中国の自転車の量なんて可愛いものである。
なぜ、シェアサイクルの普及している中国では自転車の量が少なくて済むのか。そこに置いている自転車は、万人が利用することができるから、絶対的な量は少なくて済むのである。どうせ、自転車なんて、長くても、1回に30分とかしか乗ることはない。だから1台を20人とか30人でシェアすることができるのである。

シェアサイクルの路駐がダメって言っている時点で、ナンセンスなのである。普通に自分の自転車だったら、普通に路駐をしている人は多いのではないだろうか。
つまりシェアがダメなのではなく、自転車が普及し、絶対量が増えたら、それだけで普通に問題になるのである。少なくとも、普通に一人一人が自分の自転車を乗って止めるより、必要となる駐輪スペースは、そして、問題になるレベルは、シェアサイクルの方が、数分の一とかになる時点で、セーフティなのである。
中国では、残念ながら、シェアサイクルが便利すぎて、数十倍とかの規模に伸びちゃったから、シェアサイクルが槍玉にあがって問題になっているだけである。

 

●自転車がそもそも良い理由

君は、今、都市にある道路の使われている面積を100とすると、自動車、歩行者、自転車、それぞれにどのぐらいが割り当てられているか、分かるか?
僕の目視という、統計的に全く信用のおけない統計結果では、自動車:歩行者:自転車で、90:9:1である。
もちろん、自転車用の青い専用通路が、最近は、少しずつ出来てきてはいる。信号や道路が斜めに分かれるごとに、急になくなったり、復活したりするやつである。そして、上にきっちりと何台もの路駐車が停まっていて、まったく真っ直ぐに走れないやつである。左折の度に、左折車が左ギリギリに寄ってきて、いつも怖さを感じるやつである。

君は、自動車に通常、何名が乗車しているか知っているか?
同じ統計手法では、だいたい、多くは1人である。もちろん2人のこともあるが、まぁなかなか3人とか4人とかっていうのは見ない。

次に、君は、1人だけで乗っているだろう自動車と、自転車の占有面積は、どのぐらいの比率になるか分かるか?
まぁ自転車5台分ぐらいのスペースを、自動車1台で占有しているわけである。それが駐車中の話なら、車1台のスペースに自転車10台は設置できるのではないだろうか。

改めて説明すると、僕たちは、僕たちの都市の道路において、超「省スペース」な自転車に、車用の道路の何十分の1のスペースだけを割り当てた挙句に、そこを溢れた瞬間に、「危険だ!」、「邪魔だ!」って叫んでいるだけなのだ。4車線のうち、2車線を自転車専用道路にするとか、自転車の駐輪・路駐スペースに当てるとか、もっと自転車ナイズされた都市になれば、余裕すぎて、絶対に危険だなんてことはない。ただでさえ、自動車と比べて、危険な事故が発生するわけないのに、もしも、自転車ナイズされた都市になれば、もっと危険度は減るだろう。

東京の駐車スペースを一気に半減させて、そこに自転車置き場を作れば、いくら普及したところで、絶対に自転車の路駐が問題になるわけがない。絶対にガラガラで埋まることはありえないだろう。道路の一部を、ところどころ、パーキングメーター設置の駐車場にしているが、同様に道路の一部を自転車置き場にすれば、さらに自転車で満車になることもまず想定できない。しかも個人所有の自転車ではなく、シェアサイクルなら、数倍、スペースを圧縮できる。

きっと車は、停めるところがなくなって困るだろう。その上で言いたい。車なんて、邪魔で危険で社会的に悪なんだと。
そして、車ばかりが並んでいる道路の写真を撮って、ブログにアップして、言いたい。こんなに車が並んでいるのですよ!と。

 

●体を動かすこと

そもそも一番言いたいことはそんなことではない。
何より、移動をするのに、自分で体を動かして移動をすることができる自転車がいいのだ、っと言いたい。
人生において、特に、忙しくてタブレットやパソコンに向かいがちな社会人人生において、体を動かすこと、運動をすること、これはかなり優先度の高いことである。

分かるかなぁ。自分の力でペダルを漕いで、前に進んでいくその爽快さ。トライアスロンの競技、3つとも大好きだけど、自転車も本当に大好き。もちろん、東京オリンピックの観戦でも、真っ先に、トライアスロンを申し込んだよ。開会式や閉会式なんかより、一番見てて楽しい時間になるはずだよ。
まぁ東京オリンピックのチケット、申込み大変だったし、その挙げ句に、全滅だったけどね。

自転車に乗って、そして、iPad Miniを入れたメッセンジャーバックを担いで、スニーカーとクロップドパンツで、都内を回る気持ち良さ。

車で移動とかって、すぐに運動不足になりそう。中西部のアメリカって、家の前の車に乗って、オフィスや店先まで車で移動したりするけど、マジで信じられない。致命的な運動不足になりそう。太っちゃって、元に戻れなさそう。
自動車、、まさに自動化。そのうち、人類は、口にチューブを挟んで三食を済ませるようになるのだろうか。

それに比べて、やっぱり自転車は最高!
レース中の自転車も、汗をかきながら、水を浴びながら、山を登りながら、海な景色を見ながら、最高の気持ちになれる。
だけど、街中の自転車ライド、特に春や秋の天気の良い日なんて、本当に最高!移動途中にあるカフェやニューオープンのレストラン、おしゃれなショップを覗きながら、風を感じて走っていく感じ。

やっぱり、自転車がサイコー!
もはや、シェアとか、シェアじゃないとか、どうでもいい。
自転車は、ともかくオススメなのだ!

社会システムよ!早く来い!そのためにも、みんな、自転車に乗ろう!