個人の時代

先日、かなり仕事ができる女性に会った。いろいろ業界事情をレクチャーいただいたのだが、短時間なのにメチャクチャわかりやすかった。
仕事はできるし、すごく優しいし、細かいところまですごく心遣いができるし、語学力も尋常じゃなく、こんな素敵で綺麗な人がいるんだ!ってびっくりした!
今、思い出しても、その凄さにドキドキしちゃう。

その人が個人での成績が良すぎるので、また講演などすると好評すぎるので、属されている会社の方針としては、出来るだけその方ではなく、組織全体としてアウトプットを出すような組織体制を作る、とのこと。つまり、できるだけそのポイントゲッター一人が活躍するのではなく、他のメンバーも前面に押し出して、他のメンバーも目立つようにしていく、ということになっているとのこと。もしも、その方が会社を退職されたら、もはや継続性がなくなってしまうからだ。

その女性も、まぁ何度かは、上司や周りに、こんなんだったら会社を辞めたいんですけど!ぐらいは、言ってるんだとは思う。(ただ、まぁ全地球人が一度くらいはそんな話をまわりにしたことはあるだろうが。)
そして話を聞くと、実際その方は、10年以上会社にコミットしている人で、今もなお退職する予定もなく。普通に考えて、会社の立場だったら、こんなに素晴らしい人は居ないだろうなと思う。

でも、だからといって、会社としては、どうするべきなのだろうか。

これは、なかなか、難しい問題である。
たしかに、会社たるもの、組織で勝てるようにならないとダメだし、あのブルーオーシャンというビジネス本にも出てきていた、エンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」も、そういう方針である。通常のショーやサーカスであれば、看板役者がキーではあるが、そういう立場の人は一切いない。その一般化が、つまり目立つ人がいない状態が、安定した経営を支えているのだ。劇団四季もさすがにおしゃれ。ライオンキング、先週末、見てきたよ!動物たちの動きがおしゃれなだけではなく、経営がおしゃれ。
もちろん、出身地である我らが関西・阪急沿線のアイコン的なショーである宝塚歌劇。看板役者が重要ではあるものの、もはや、看板役者が機械的に量産される枠組みが整理整頓されている。機械的って言っちゃあ、熱狂的なファンさんに怒られちゃうので、「毎年偶発的に」かな。
安定的に成功している会社というのは、そういった形で、組織力で戦う、仕組み化する、一人に頼らない、ということをしっかりと実現して、ゴーイング コンサーンな、そして、高収益な会社を作り上げることができる。

 

吉本の闇営業の問題が発生していたが、まさにあれも、組織としてどう利益構造を保つのか、の話し。

ブラックボックス化して、独占して、自由を認めさせない。
まぁ大衆は、芸人の味方をするだろうな。
でも、本来、それによって、多大なる利益がもたらされているわけなので、吉本の個人株主や、吉本の株主のテレビ会社の個人株主は、現行のパワフルな利益に、現行の独占を作っている状態に、拍手喝采するべきである。
あの社長が悪いという印象を持った人もいるが、どうせ吉本社の利益のほんの一部、いや、ほんのほんのほんの一部の利益しか、あの、社長には還元されていないのである。本当にあの社長さん、叩かれてかわいそう。でも、あのノラリクラリな応対は、ある意味プロフェッショナル!
話は戻って、会社の利益は、株主に還元されているわけである。つまり大衆の株主が儲かっているのである。それゆえに、大衆が叩いちゃっているのを見ると、おまえら、利益だけ食べておいて、ズルいぞ、って思う。

 

あるべき経営はそうだとしても、上田個人としては、この問題に対してどう感じるのだろうか。
たしかに、「情報共有」して、「効率化」や「システム化」を図るのは、大好きだ。なんと言っても、座右の銘は「効率は愛」だから!
もっと言えば、効率化していく先には、社内でノウハウをまとめていくのではなく、公衆の面前でパブリックな形として、ノウハウをまとめていくべきだとも思っている。
情報やノウハウを一部で専有して握ってしまうことについては、本当に許せない。情報格差や独占が、資本主義社会における、もっとも重要な利益構造の根源であるとは思うが、そして、ビジネスとして、ついそれを食べに行く自分もいるのだが、一方で、一歩下がって落ち着いて考えると、理念のレベルとしては許せない。

組織化・システム化が重要である。が、このソーシャルやシェアな時代において、そして、このベンチャーな時代において、個人個人の秘めたるパワーは計り知れない。
そのパワーを思いっきり開放しなければならないのではないかとも思う。

たとえば、会社発信の情報なんて、誰も読まない。「あの人の新しい投稿か!」って思うから、その記事を読むのである。
中国に遊びに行った際に事情を聞いたのだが、もはや、メールやパソコンではなく、メッセージアプリのWeChatで全部仕事をしてしまうそうだ。日本でも気がつけば、Facebookメッセンジャーで、やりとりや仕事をしないといけなくなる。どうしても、メッセンジャーだと、業務やタスクが流れちゃうし、アーカイブ機能がないので、上田としては嫌いなのだが、それでもイヤガオウだ。
個人的には、やはり、グループを作れ、検索機能があり、そしてアーカイブ機能での未処理・処理済みを切り分けられるGmailが好きだ。スパムも消してくれるし。
組織化という観点では、メーリングリストやグループを作って、組織でやり取りしながら仕事を進める、というのは、間違っていないと思う。
が、しかし、現実としては、目の前にいる人とメッセンジャーやWeChatでつながり、個人間のやり取りで仕事をしてしまうのだ。ぶっちゃけ、そんなものだろうなと思う。そして、その傾向は、もっと増えていきそうだ。

会社としての情報発信ではなく、個人としての情報発信の方が、数倍パワフルにメッセージが届く。今どき誰が、会社発信の情報を読むのだろうか。会社発信で、顔が見えない時点で、読む気も失せる。せっかくの個人の書いたコンテンツが、会社用に仕上げることで、「会社からの発信」に振り替えることで、その手間こそが、そのパワーを減らしてしまう。本当に残念なことである。

このベンチャーな時代において。また、このソーシャルメディアな時代において。
人と比べて、頭が1つも2つも飛び出ている人(そして、性格もいい人!)は、一般に比べて、5倍10倍のアウトプットを出せるようになる。
実際、ガイアックスに社員として入社した人の多くの人(といっても20人程度?)が、キャピタルゲインという仕組みで、億単位以上は稼いでいると思う。もちろん、通常の社員、通常の月次の報酬では、とても、そのクラスの金額を出せない。
その結果、グループの中でも仕事ができる人は、もはや、報酬にほとんどこだわっていない。その代わり、ストックオプションや持ち株比率など、キャピタルゲインの構造には、すごくこだわっている。とはいえ、一定の成功をしたら、億単位になる、だけのイメージで、それ以上の詳しい金額感に、こだわっているわけじゃないのだが。もっと言えば、金銭的成功になんらこだわっていないのだが。
つまり、キャピタルゲインとアウトプットが完全に連動しているわけでもないのだが、一般に比べて、1.5倍とかの報酬の感覚ではない。数倍・数十倍だ!そういう時代なのである。

組織として、しっかりとした立派な軍隊を作るというのが良い、ということは間違いないのだが、こういう時代だからこそ、もはや、しっかりとした立派な軍隊ではなく、ユニークで生命力溢れるコミュニティを作るというのも良いと思う。
先日も京都でICCというベンチャー企業の経営者が集まるイベントがあったのだが、そこのイベントに参加して会場に座っている数百人の人たちは、本当に魑魅魍魎な人たちである。
一流ホテルのカンファレンス会場でのイベントなのだが、そのカンファレンス会場は、いつもだったら、しっかりした会社や組織のしっかりした幹部陣以上が数百人集まっているのだろうな。パリッとした一流のスーツを着て。
そして、それらとICCのイベントの風景とは、全く、別物の存在である。そういう魑魅魍魎で生命力溢れる人たちこそが、面白いと思う。世界の未来を作ると思っている。

もしも、組織の中に、尖っているが、さらに尖らせるとさらに大幅に跳ねる人材がいる場合、「組織や社会に対するノウハウ共有は必須」であるものの、
(1)「組織を底上げすることが大切か」
(2)「跳ねられるだけ跳ねるようにすることが大切か」
というのは、経営方針として、大きな違いがあるんだろう。

前者の組織底上げ方針の方が、組織を作り込むことで組織の取り分比率も高い。おそらく、7割8割だろうし、基本的には、経営上の選択として妥当だし、有利だろう。

後者の方であれば、そもそも跳ねた時に組織として、関係を持てるかどうかが一般的には難しい。
たとえば、この女性の方が、業界において目立ちに目立ち、退職・独立し、最終的には、元の会社の競合となってしまったら、結局、目も当てられない。
リターンが多いか少ないかではなく、マイナスなのである。

僕だったら、こんな【社員である】という怖い状態を、早く安定化させたいので、カーブアウトしてもらう。つまり、タダでもいいので、何割もの株式を渡してしまうか、もしくは、それこそ早々に起業をしてもらって、起業支援をして、出資をさせてもらうか、を、するだろうなって思う。(まぁ、この枠組みのせいで、この枠組みの裏で、いろいろな問題が発生してしまうのだが。)

通常であれば、経営上の正しい選択は前者だと思う。後者の跳ねるようにする方だと、どうしても、ギャンブル要素が強いし、組織の取り分比率も低い。でも、もしも万一、誰か一人でも大成功してきたら、取り分が、3割とか5割だったとしても、もしくは、もっと少なくて、仮に1%だったとしても、通常の利益水準を超えるリターンがあるのだと思う。

 

上田ならどう考えるか。
いろいろ悩んでしまう。まぁ経営なのだから、当然いろいろ悩まなければならないのだろうなぁ。

まぁ結局のところ、何をしたいか、だろうなって思う。
どう「考えるか」じゃなく、どう「感じるか」。
だとしたら、個人の感情としては、仕事ができる人間が、これ以上ない形で、スピーディにすごい人になっていく。それを見ているのが、最高の快感である。