アイアンマンというビジネス

すごくお腹が空いた。

トライアスロン、ロングディスタンスを完走したから、かなり体力を消耗しているし、その後ずっと、すごくお腹がへって、ずっといろいろと食べたくなる。ピザを食べたい。今、食べたいのは、イタリアな美味しいピザじゃなくて、アメリカな頭の悪い方のピザ。
ここまで体が食べ物を欲するのは、きっと身体中のエネルギーのバッファが使い果たされているからなんだろうと思う。

 

今回、フロリダのアイアンマンの大会に出場した。
直前までフロリダのマイアミビーチで開催予定だったが、1ヶ月前にまさにマイアミビーチに上陸したカテゴリー4のハリケーンマイケルの被害が甚大で、急遽3週間前に、会場が同じフロリダのオーランド近くに移った。
ハリケーンのニュースを見た時には、間違いなく中止だろうと思っていたが。こんなに短期間で切り替えて開催できるなんて、道路占有許可などが大変な日本では、とても考えられない。トライアスロンのロングとなると大会を開催することは、かなり大変なのだ。マラソン大会なら手配すべき距離は、40km分で済むが、バイクもあるので180km分も占有が必要なのである。ボランティアも100人単位で必要なのである。

海外で大会に出るのは、15年ぶりぐらい。しかも、前は、ロタでショートの大会だったから、アイアンマン、つまりロングでの海外での大会は初めての体験なのだ。申し込んで以来、楽しみにしてたから、なんとか開催されると聞いて、すごくびっくりしたし、すごく嬉しかった。

 

ちなみに、アイアンマンは、一般名詞ではない。WTCというある企業が提供するブランドのことである。
当たり前だが、トライアスロンのレースは、誰だって開催できる。僕の大好きな鳥取県の皆生温泉の大会は、地元の協会が主催の「全日本トライアスロン皆生大会」である。ほのぼのとして良い大会である。スイムやバイクやランの距離も彼らが自由に設定している。
しかしながら、アイアンマンのブランドをつけて大会を開催するには、WTC社の設定するレギュレーションに従って、そして、WTC社にロイヤリティを支払って、開催するのである。距離も指定されており、自由に設定できない。一律、スイム3.8km、バイク180km、ラン42kmである。
アイアンマンの大会は、結果として、世界中の各地で開催されていて、年度ごとにその成績優秀者は、その年のハワイの大会に参加することができる。憧れのコナの大会である。
他にも、そのコナの出場できる要件もあり、累積参加回数によって、条件が優遇されるなどもあるそうだ。今回、同じチームとして、ご一緒させていただいた弁護士先生は、今年だけで世界中のアイアンマンに4回目の参加、とのこと。すごい!

大会主催者が、そのWTC社に対して支払うロイヤリティは、大会1回開催あたり、50万ドルとかそういう水準だとのこと。トライアスロンは、オープンウォーター(海や湖でのスイム)の大会やマラソンの大会と違って、いろいろなところで制約条件が掛かるため、参加人数を増やそうと思っても2000人やそこらが上限である。2000人でその高額なロイヤリティを賄うわけなので、道理で参加費が高くなるわけである。会場では、アイアンマングッズの販売もあり、飛ぶように売れている。もちろん、それらも割高価格なのだが。
まぁ、そのロイヤリティを支払って、アイアンマンブランドを冠した方が、ただの地元のトライアスロン大会より、世界中から参加者も集まってくるし、予約などのシステムもあるし、リアルタイムで選手のタイムが分かるウェブサイトなどもあるし、実際のレースのルールなどの運営もかなり手馴れたものであるし、運営にとって、良いところも多い。
いわば、自分でハンバーガー屋さんをするより、マクドナルドに加盟した方が手取り早く、良い事も多いわけである。

また、アイアンマンだと、当日までの盛り上がりが全く違う。
会場では、音楽がガンガン掛かりながら、マイクを持った司会が雄叫びをあげながら、選手のみんなを盛り上げていく。
「会場を変更することで奇跡的に開催ができたぞ!」みたいに叫び、会場のみんなからも「ウォー!!!」という感じになる。
「今回、道路の占有はしてないぞ!主要な交差点では、レースを優先するように案内の人はいるし、車は少ないから大丈夫だと思うが気をつけて!」みたいなルール説明でも、ノリノリのアナウンスである。
しかも、たかが、「車の鍵の落し物がありました。」程度のお知らせすら、同じノリでアナウンスしてくる。おかげで僕の英語力だと、どれが重要なお知らせか分からなくなってしまう。この盛り上がりこそが、さすが、アイアンマンの運営である。

 

WTC社を見ていて、どこにもでも儲かるビジネスはあるものだな、というか、儲かるビジネスというのは、どこからでも作れるものだなと思う。
たかがトライアスロンという狭いカテゴリのスポーツなのに、ロイヤリティ中心のガッツリ利益率の高い仕組みが生まれてくる。さすがこの世は、資本主義である。なんと年間営業利益60億円超とのこと。恐ろしい。
そして、そのWTC社を3年前ぐらいに買収したのが、中国の資本である。可能な限り短期間でのキャピタルゲインを獲得しにいくのが、利回り向上の有力手法でもあるし、それが故に売却しにいくのだろうし、そして、資金に余裕があり、高いブランド=ブランドによる独占がもっとも安定的な利益の源泉となる、のある会社なら何でも買えてしまうのが、パワフルになりまくっている中国なんだろうと思う。

 

そんなアイアンマンに参加してきたわけである。

僕たちのチームは、準備期間からは、オーランドの近くの「セレブレーション」という都市に滞在した。
思ってたより、寒い。僕のフロリダのイメージと違う。寒いの嫌い。暑いの大好き。夏が大好き。夏を求めて、フロリダのアイアンマンに申し込んだのに。勘違いだった。
前日の夜なんて、気温16度。東京の11月よりは暖かいかもだけど、持って行ってたTシャツじゃ過ごせないじゃないか。しかもレース当日の天気予報は、夕方に雷雨。
フロリダの海岸で、真夏な太陽を浴びて、オレンジを食べるつもりだったのに。

 

そして、レースの当日。朝4時に起きて、そして、朝6時30分、夜明けと共にレースが開始である。

まずは、スイムを3.8km。
今回は、オーランドの近くなので、海はなく、残念ながら湖での開催。湖と言っても、もっさりとした池のような感じ。茂みとか藻とかがいっぱいで、とてもじゃないが、澄んだ湖ではない。

泳ぎながら、やっぱり、アイアンマンをやるって、マジでバカだなぁ、って思う。

1.9kmのコースを2周するわけだが、100mだって、連続で泳ぐとなるとたいした距離である。周りの選手たちとただただクロールで湖を泳いでいくのだが、正直、終わりが見えない。
やる事といえば、ずっと泳ぎ続けて、やっと次のブイにたどり着き、そして、休みもせず、次のブイに向かう。横で泳いでいる人もそうである。何をしているんだろう、本当にバカだなぁって思う。
泳ぐ距離が長すぎるから、1周、つまり半分が終わって、やっと一度、陸に上がれたタイミングで、「もう一度、僕は、次の2週目に突入するのか」と自問自答するぐらいであった。

だいたい、僕は特に綺麗好きだし、こんなクロールで伸ばした手の先すら見えない濁った水で泳ぎたくない。そもそも、こんな汚い水に入りたくない。岸周辺で足のつくところは、ヌルッと嫌な感じがしているし。

ちなみに、フロリダは、アメリカの中でダントツでワニが生息しており、ワニの被害も多い。2、3年前にも、このオーランドのディズニーランドで4歳の子供がワニに襲われたばかりである。ディズニーランドというアミューズメント施設の中でワニみたいな猛獣に襲われるなんて事があるというのが、本当に信じられない。それぐらいワニは、フロリダにおいて、日常である。

この湖はどうだろうか。現地のレースのスタッフに聞くと、「もちろんこの湖にもワニはいるよ。あっちの茂みの方かな。でも、少なくとも、昨年、別の大会で、この湖を使ったけど、その時は誰も襲われてないよ!」とのこと。
僕たちのチームのコーチは、前日の移動中の車の中で「ワニは、噛みついたら獲物を殺すために、自分の体をクルクルと回して、噛みちぎるのだそうで。なので、噛み付かれた時に重要な事は、それに抵抗してはダメで、死なないためにも、逆にワニに体をつけて、一緒に自分の体を回すのが大切らしい。」とアドバイスをつぶやいていた。ありがたいアドバイスである。

レースの中では、終わりなく、半永久的に泳いでいる、この濁りの下にワニさんが舌舐めずりしているかと思うと、本当にバカじゃねーかとしか思えない。僕は、フロリダの熱い夏のきれいな海のつもりだったのに!

 

1時間20分ぐらいを掛けて、3.8kmを泳ぎ終わった時には、すごい達成感。これでやっと残り15時間ぐらいのバイクとランの競技に移れる。

バイクは、比較的、良いコース。概ねフラットな感じで、まわりは、牧場で、牛とか馬が居たり、アメリカな的な広い一軒家が続く風景が広がったり、大きな湖(きっとワニがいるだろう)が広がったり。湖も外から見る分には、風景として、すごく良い。
しかし、ともかくバイクの180kmは、長い。時速20〜30kmで飛ばし続けれたとしても、長い。180kmといえば、大阪〜名古屋間ぐらい。
誰がこの競技を考えたんだろうか。なぜ180kmも走らなきゃならないんだろうか。本当に、この競技を考えた奴、そして、この競技をやっている奴、バカじゃないかと思う。

途中、80km地点ぐらいのところ、だいぶ先の方で、10人ぐらいの選手が、制止されて、立ち止まっている。レース中だとというのに、どうしたのだろう。
そして、僕の後ろから、救急車やらパトカーやらが、けたたましくサイレンを鳴らしながら、その人だかりのところに急行していく。
到着して見てみると、案の定、バイクと車の接触事故である。数名の警官が一旦、交通整理をしている。
事故の現場を覗くと、バイクと選手が道路に投げ出されていて、その選手は、警官の一人に頭を下から支えてもらっていて、そしてその頭から血が出ている。アスファルトに広がる血の跡。大丈夫だろうか。意識はあるように見える。無事でいて欲しい。見なきゃ良かったと思いながら、じっくり見てしまう。

別の警官は、バイクが通れる道を整理してくれた。そして、すぐに僕たち10人は、残りの100kmを終わらせるすべく、その横の道を通って、元気に走りはじめるのだ。

 

バイクが終了したのは、もう夕方の4時。少し日暮れを感じる空模様になってきている。
最後の競技は、ラン、すなわち、フルマラソン42kmである。

バイクからランのシューズなどに着替えるトランジションでは、選手同士でも、いろいろとお互いに声を掛け合っている。
まぁ、「Good job!」とか「がんばろう!」は、まだ分かる。
「あと少し!」「やっと、あとマラソンだけだ!」

どこの世界に、「やったね!あとフルマラソンだけだ!」という会話が存在しうるのだろうか。バカとしか、思えない。

 

ランは、最初に10kmを走った後、10kmの湖の周りを3周するコースとなっている。

25kmぐらいまでは、まぁなんとか頑張れた。
時差ボケと、睡眠不足と、疲れのせいだろうか、走りながら、フラフラし始めて、途中、目をつぶりながら、走っていた。強烈に眠い。
ちょうど走っていると、チームのコーチに出会えた。
ホッとして、そのまま、道端の木の根のところに倒れ込んだ。眠たいし、寝ようともしたが、寝ている感じでもなく、でも、夢みたいなのを見ている感じ。
そんな中、上から、どんどん雨が降ってきた。うーん、ある意味目がさめる。
結果的には、倒れ込んでから、10分ほどで出発。パラパラとした雨のおかげもあり、だいぶ元気を取り戻した気がする。

 

パラパラとした雨が、どんどん大雨に変わっていく。そして、天気予報通りの雷雨へ。最初のうちは、靴や靴下を濡らすまい、と、水たまりを避けて走っていたが、全く意味がなくなってくる。あまりに豪雨過ぎて、そのうち、数mに渡っての水たまりがどんどん増えてきて、坂道に至っては水流にとなっていく。僕は、その水の中に、ズボズボと自分の靴を突っ込んでいく。

そして、寒い。僕は、寒がりだし、寒いのが嫌いである。あまりに寒くて、あるエイドでテントの下に入って雨を凌ぎながらガタガタ震えていると、見かねたスタッフさんが、大きなゴミ袋に頭を出す穴を開けて、体の上からズッポリと掛けてくれた。走りづらいことこの上無いが、豪雨には、バッチリ対応できている。ゴミ袋のおかげで、すごく暖かい!
なんでこんな中でこんなカッコで走っているんだろう。本当にバカだなぁって思うことばかりである。

 

ランのエイドステーションで用意してくれている食べ物として、オレンジが出てきた。
それまでは、レースで、ほぼほぼ変なものしか食べてなかったので、すごく嬉しい。
トライアスロンレースでは、朝6時から深夜まで行われるので、そして大量のカロリーを消化するので、当然にレースをしながら、食事をしなければならない。
そこで、ジェルと言われる食べ物がある。ねちょっとしたチョコの濃いのとか、ジャムの濃いのとかみたいな食べ物が小さなパックに入っている。それぞれ、ストロベリーとかレモンとかっていう味が貼り付けられている。これらのジェルと言われるものは、吸収が早く、荷物にもならず携帯しやすく、エネルギー量が多い食べ物だそうだ。きっと未来人の主食だろう。トライアスロンレースでは、ほぼほぼみんなこれを食す。同じチームのメンバーは、ロングのレースでは、これを12個食べると言っていた。
僕も食べるのだが、変な食べ物すぎて、つらい。
前日の打ち合わせのタイミングで、コーチからは、即席味噌汁の味噌のところだけをもらった。即席の味噌汁のパックを開けながら、「上田さんは、具は要らないですよね?」っていう謎の質問を投げかけられた。どうやら、味噌汁の味噌パックは、塩分も多いので、失われた塩を補充するのに、味噌のパックだけ携帯して、レース中にそのまま舐めるそうだ。レースで疲れて汗をかくと味覚が変わる。味噌も美味しいのかと期待したが、レース中食べてみると、普通にまずい。なんのことはなく、普通に現世の人の食べ物ではない。

それらに比べてオレンジって、なんて、ちゃんとした普通の食べ物なんだろうか。
ジェルとかでその日の1日のエネルギーを補充していただけに、「僕は、フロリダの大雨で、寒い中、住宅街でのオレンジを食べたいんじゃないんだ!真夏の太陽なオレンジを食べたいんだ!」と思いつつも、喜んでオレンジを食べまくった。

 

3周回の最後、大雨もほとんど上がり、泣いても笑っても、残り10km程度。残り10km、このまま行けば、タイムはボロボロながら、完走できる。
疲れ果てて、もうしっかり走れるような状態でもないが、がんばって、ジョギングなスピードで、もう夜の9時、真っ暗な、コースを走り続ける。僕の前にも後ろにも、ゼッケンをつけたゾンビたちが、僕もその一員であるが、みんなで、ゾロゾロと走り続ける。

1周目の頃は、近くのアメリカっぽい一軒家の街並みから、たくさんの賑やかなカッコをした人が音楽に踊りながら、応援をしてくれていたが、今は、大雨があったせいか、ほとんど応援の人はいなくなっている。でも、そこら中のご自宅から、大音量のポップな音楽は、そのまま流してくれている。

 

大雨の後は、すごく空気が澄むのだろうか、もしくは、涼しさのせいだろうか、空気がピンと張って、遠くまで見渡せる。すごく綺麗だ。森も街並みも雲もすごく綺麗だ。
パラパラな雨の中、夜風がすごく涼しくて、夜空がすごく綺麗で、道に流れ出てくる音楽と遠くの雷の音が心地よく、僕の身体はもう全力を使い果たしていて、でも、そして、走り続ける。
このフロリダのトライアスロンのこの感覚、この風景、この雰囲気は、忘れられないだろう。トイレを我慢しているのが気になりながら、一方で、こんな体験ができるなんて、僕は、なんて幸せなんだろうと泣きそうになってしまう。

 

20歳のころ30歳の頃もいろいろとあったが、ここ最近、ここ1年も、また、いろいろな事があった。
たくさんの人に多くのご迷惑を掛けたし、そして、みんな、いつも優しくいろいろとサポートしてくれている。
最近でも、悲しくて悲しくて、泣き続けたことも何度もある。
でも、この綺麗な夜空に包まれて走っている瞬間、すごく幸せを感じる。これは、幸せそのものだ。そして、これまでもこの人生で、信じられないぐらい幸せなことが、たしかにいっぱいあったってことを思い出す。

どう考えても明らかにバカなこと、それをやり続けて、やっと、頭では理解できないような幸せを感じれるゾンビになれる瞬間がある。

この瞬間が、永遠に続いてほしいなって思う。疲れ果てて、走れる限界を超えて走っているから、もう走れないんだけど、この夜景の中でずっと走っていたい。

きっと、この瞬間は何の意味もなくて、そして、すごく刹那的なものだと思う。
でも、人生は、こういう幸せを一つずつ噛みしめることがすごく大切なんだと思う。

 

SHARE SUMMITで発表した「SHARING NEIGHBORS」制度

先日、シェアリングエコノミー協会の方で、無事、SHARE SUMMITとSHARING DAY SHIBUYAの2つのイベントを開催することができた。
スポンサーさんの多くのご協力、みなさまのご来場を多数いただき(数週間前には完売御礼!)、3回目として、盛大にできたことは、すごく嬉しく思う。

ただ、運営上での不手際や、いろいろ手が回らないところも多く、また、ご迷惑をお掛けすることもあった。いろいろ申し訳ない。
メンバーのマルチタスクが多すぎる現状を改善しなければならないだろう。
また、現状の協会のチームの構造だと、おそらくストレングスファインダー的にいうと、「未来志向」「着想」「コミュニケーション」とかに寄っていて、まさにそれが強みになっているが、もうちょっと、「慎重さ」「個別化」「規律性」「責任感」「調和性」とかに強いタイプの人に、組織自体の強化をしていかなければならないんだと思う。
がんばっていこう。みなさまからもいろいろご協力ばかり頂いているが、引き続き、お願いしたい。

 

●SHARE SUMMIT 2018

今年のSHARE SUMMITは、「シェアから生まれる新しい社会」というテーマで、Nagatacho GRiDで開催した。時代を先ゆく多くの方に登壇頂いた。
世耕大臣と小泉進次郎さんにも来ていただくということでみなさまにも告知をしていたが、急遽、北海道の地震のご対応とのことで、ご来場頂くのが難しくなった。とはいえ、今後もご支援いただけるとのことで、ありがたいことである。

世の中では民泊などで、シェアリングエコノミーとしていろいろ摩擦が発生している。

今年のSHARE SUMMITの紹介にも記載しているが、
「新たなムーブメントの周りには摩擦が生じるものです。しかし、その摩擦熱の大きさは、未来を動かす影響力の大きさに比例しています。」
というのも事実である。

なので、もっともっと摩擦が大きくないと。
もっともっと摩擦が大きくなるような活動をしていかないと。

サミットに集まってくれている登壇者の方、スポンサーの方、ご来場の方、みなさまきっとシェアリングエコノミーの応援団だと思っている。
もっともっと応援団を大きくしていかなければならない。

シェアリングエコノミー協会では、これまでプラットフォーマーの企業さんを会員さんとして、規模を拡大してきた。もう300社に届く勢いだ。
しかし、今年のサミットでのプレスカンファレンスで発表したことであるが、これからは法人会員だけではなく、シェアリングエコノミーを愛してくださるコンシューマーの方、ホストをされている方、シェアリングエコノミーでいろいろなサービスを提供されている方、こういう個人さん向けの会員制度、「SHARING NEIGHBORS」を開始することにしたのだ。

1万人とか、100万人とか、1億人とか、そういう規模でムーブメントを起こしていかなければならない。

アメリカでは、労働人口の半分は、被雇用者じゃなくて、フリーランス的に仕事をしている。
フリーランスと言っても、ご自身の好きな時間にシェアリングエコノミー、ライドシェアなどで短時間に業務を受けて生計を立てられている方が激増している。
こういう世界観のことを、ギグ・エコノミーと言う。ギグ、、ライブでの短いセッションのことなどを言うが、まさにそういう短期間な、偶然の出会いの組み合わせで、社会が成り立つような時代なのである。
日本にも、そういうような働き方をする個人が増えていくだろう。そういった個人の方々を増やす活動、そういった個人の方々が幸せを感じる社会づくり、そういった個人の方々にお困りごとが発生しないような仕組みづくりをしていかなければならない。

がっつりがっつり攻めながら、ちゃんと守りを高めていく、、、難しい!
でも、こういう仕事に取り組むことこそ、まさにこの世に生まれてきて、やるべきことだ。

 

●SHARING DAY SHIBUYA 2018

SHARE SUMMITでも発表させてもらったが、協会としても、これからは、コンシューマーを巻き込んで行く、という方針。
そのような中で、例年サミット自体は2日間開催させてもらっていたが、今年は1日に短縮し、そして1日はコンシューマー向けのイベントを開催することにした。
それが、SHARING DAY SHIBUYA。
SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2018のプログラムの中に組み込んでもらい、アンジュさんも住んでいる、渋谷CASTの広場で開催した。
シェアリングエコノミー関連の会社さんに、ブースをいくつも出店してもらい、家族連れで、楽しんでもらえるように。立ち寄ってもらえるように。

よしもと芸人さんにも参加いただきつつ、いくつかのパネルディスカッションを開催したが、その中で一番印象に残ったのは、僕自身がファシリテーターをさせていただいたセッション。
まずは、Airbnbの公共部門を担当されていて、協会の幹事も務めてくれてくださっている山本さん。すごく素敵な女性で、幹事さんもやってくれているので安心の存在。
そして、渋谷区の長谷部区長。あのゴミ拾いのNPOグリーンバードを立ち上げられた方である!
加えて、あのラッパーで有名なZEEBRAさん。渋谷区のナイトアンバサダーをされていらっしゃる。
まさに、渋谷区の表のドンと裏のドンの揃い踏み!
それのファシリテーター、、ちょっと胃が痛くなる。

いつもファシリテーターをする時、実際のところ、パネラーの皆様が知り合いの社長さんのケースが多く、あまり準備をしないほうなのだが、今日は、そういう訳にはいかない。
机で、パソコンを広げて、事前に準備を。音楽を聞きながら。
もちろん、聞く音楽は、ZEEBRAさんと、ACOも出ている Dragon AshのGrateful Days。
このPV、ACOがめちゃくちゃかわいい。ACOとか、椎名林檎とか、CHARAとか、Love TambourinesのEllieとか、本当、大好き。まさに僕の信じる神々。
Grateful Days、ACOのメガネ姿でのPV、本当に、僕に幸せを与えてくれる!このPVは、この人生で何度見ただろう。50回ぐらい?100回ぐらい?見ていると、体全部が踊らざるを得なくなる。準備もできず音楽に熱中していく。

ファシリテーターの進め方を考えるにあたって、音楽に熱中している訳にもいかないので、協会事務局の佐別当さんと石山アンジュさんに相談しにいった。
歌って踊れるシェアガール、石山アンジュ。今日も陽気に歌を歌っている。今日は、彼女もGrateful Daysのリズムに乗って、替え歌を歌ってる。
「俺は東京生まれ、HIP HOP育ち、【シェア】してる奴は大体、ともだち。」

アンジュからは、ファシリテーターとして、パネルディスカッションの中で、この歌詞をZEEBRAさんに歌ってもらうように、とのこと。で、「シェアしてる奴は大体、ともだち。」これを流行らせたい、とのこと。
司会がアンジュなら、彼女の力量でノリで持っていけそうだが、僕には無理だ!会場が寒々しい空気になるのが目に見えている。ZEEBRAさんに冷たい目で見られるのが目に見えている。
だいたい、いつもアンジュの指示どおりに動いているのが、今回ばかりは、敬愛するアンジュの指示だとしても、この指示は、受けられない。

そして、結局、全然、ファシリテーターとしての進め方の中身が詰まっていかない。。

そして、実際、はじまってしまったパネルディスカッション。
ZEEBRAさんのナイトアンバサダーとしての活動、Airbnbの渋谷という都会での「ローカルを感じれる体験」、いろいろと興味深いお話をしてくださって、パネル自体は、良い感じになっていく。来場者のみなさんも引き込まれながら聞いてくださっている。

でも、僕の中で一番、面白かったお話は、長谷部区長。
シェアリングエコノミーのパネルなのに、長谷部区長が話し始めたのは、「おとなりサンデー」。
おとなりサンデーとは、毎年6月のある日曜日に、渋谷区で行われるイベントだ。そこら辺がホコ天になったり、道に机とかが設置されて、あとは、近所の人が食べ物を持ってきたり、お酒を持ってきたり、ギターを持ってきて歌ったり、BBQしたり、みんなで大縄跳びしたり、ゴミ拾いをしたり。
もともと、パリの「隣人まつり:La Fete des Voisins」、パリのある小さなアパートで起きた高齢者の孤独死をきっかけに、住人たちが隣人同士の顔の見える関係性をつくろうと、中庭で集まって交流のための食事会を行ったことから始まったものから、ヒントを得ているイベントだそう。
お金のやりとりとかは発生せず、お隣さんたちが集まってきて、ご飯をシェアしたりして、一緒に日曜日を過ごすということ。なんと渋谷区内外で100箇所で開催されたとのこと。

これ、ぜんぜん、シェアリングエコノミーじゃない。プラットフォーマーもいないし、手数料もないし、ビジネスモデルでもないし。
でも、SHARE SUMMITと、SHARING DAY SHIBUYAを通じて気がつけば、「このシェアリングエコノミーではないもの」が、一番、僕の中に印象に残っている。

これこそが、私達が、目指す姿なのだと思う。
交流のない、いつも誰が隣に住んでいるのかわからないような中で、つまり、知り合いではない人たちが集って、一緒にご飯をシェアして食べたり、演奏をしてそれを聞いたり、一緒に遊んだり、みんなで楽しくお酒を飲んだり。
そういう世界観を作らなければならない。
もしかしたら、隣で食べてる人は、元大手企業の社長さんとか、お偉いさんかもしれない。それこそ長谷部区長もそのあたりに住んでいて、一緒に音楽を聞いていることになったりするのかもしれない。
そして、「おとなりサンデー」が、「おとなりエブリディ」になったら、この世の中は、どういう世界になるんだろう。

街中が、きっともっともっと暖かくなるような気がする。
他人と知り合いの区別もつかなくなってくるんだろうな。
偉い人も、有名な人も、日頃接したことの無い人も、みんな、ともだち。
シェアしてる奴は大体、ともだち。

2018年のはじまり

2018年がスタートした。

2017年、みなさまに多くのご迷惑やご心配をお掛けをし、また、何より、いろいろと助けて頂いたりご支援を頂いた。大変、申し訳なく感じると共に、皆様に感謝の気持ちでいっぱいである。
2018年、本年は、シェアリングエコノミーが更に日本社会に普及していく年であろう。シェアリングエコノミーが普及することとは、「人と人がつながる」「脳と脳がつながる」ことがリアルな社会に溶け込むことである。
また、資本主義社会の枠組みが変化していくことである。このような時代に人生を過ごせれてすごく幸せを感じる。

社会にインパクトを与えれるように思いっきり働きたい。社会の最前線で戦えるように、常に心身やスキル共々にアップデートしていきたい。

みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。

今年こそ、ブログももっとがんばろ。

脳の中を晒すということ

ブログの更新、久しぶり!
脳置き場のブログの更新がない、つまり、上田には、やっぱり置くような脳が無いのではないか、という突っ込みを頂き続けている今日この頃。

さて、昔、尊敬する人に薦められて、アドラー心理学の本を読んだ。アドラー心理学、非常に勉強になる。

もともと、偉そうにしてはならないとは思っていた。そういうスタイルが良い形だと。創業メンバーの山根麻貴元副社長がすごく良かった。それ以降もうちの幹部陣はみんな腰が低い。
そういうのを見習わないといけないと思っていた。

 

アドラー心理学、人を伸ばすならば、怒るな褒めるな、という考え方。
「怒るな」は、まぁ分かるけど、「褒めるな」というのが、あまり普通は、聞かない考え方だと思う。
がしかし、たしかに、「褒めるな」は、すごく重要。
褒めることで、あきらかに褒めている側が褒められている側に比べて、上に位置する。例えばの話しであるが、目上の人が成果を上げた時に、目下の人が目上の人に対して「よくやった。」というセリフを言うのか、という話しである。そういう時には、「すごい!」「嬉しい!」だと。まぁたしかにそういう感想になるだろうね。
ついては、「よくやった。」は、かなり失礼な言い回しだと明確に分かる。
だからこそ、仮に立場上、目下の人が成果を上げた時にでも、同様に「よくやった。」は厳禁なのである。
(そういえば、当時、20代で部長をされていた佐原さん(現、EDGE株式会社の社長)から、全体会議でこういう話しをするようにとご指示いただき、がんばってそういう話しをしたら、その日の夜に、「よくやった。」と褒めていただいた。)
(そういえば、その佐原さんに、アドラー心理学の本を、お薦めいただいた。あれ?)

佐原が紹介されているブログ by 杉之原
http://www.gaiax.co.jp/gaiax_blog/people/suginohara_04/

あと褒めることで、人をコントロールできてしまう。
褒められると、褒められることを期待して、動いてしまう。つまりコントロールされてしまうのである。
で、コントロールされちゃっている人が、果たしてパワフルなのか、ということである。

上司だろうが部下だろうが、目上の人にだろうが目下の人にだろうが、相手に対して、謙虚であるべきで、怒ることもなく、褒めることもなく、が、より良い姿なんだと思う。

 

巡り巡って、
結局、
僕が謙虚であるべきと思うのは、
僕が謙虚である時間帯が存在するのは、(謙虚じゃないタイミングも多いんだけど!ごめんなさい。)
僕が、「生まれたままに謙虚」だから謙虚なのではなく、
僕の大切にする、「費用対効果」「投資リターンの考え」において、謙虚なのだろうと思った。
謙虚であることで、周りの方がより伸び伸びと成長され、結果、そのおかげで、利益やリターンも関連してやってきてくれるんだろうと。

やっぱり利益を上げないとね。
やっぱり効率が高くないとね。

謙虚であることは、儲かること。なのだ。

おそらく子供に対しても、そうなのだろうと思う。
子供には、かなり成長して欲しいし、大物になってもらいたい。できれば、孫さんとか稲盛さんとかがいいな。ふと気がつけば、子供が、孫さんとか稲盛さんクラスになってたりしてないかな。
それ(=子供が大物になること)が、僕の人生を安泰にさせる。

子供が僕のことを過剰に尊敬し、僕の言うことを守ることは、実は、僕の人生を安泰にさせることにつながらない。言うことを守るのではなく、ちゃんと、僕のことなど、眼中にないような人間になってもらわないと。

 
 

社員さんとの関係もそうなんだろうなと思う。
いきいきと我が物顔で新人さんも含めて全メンバーがオフィスを歩いて、構造化されていない環境でいきいきと伸び伸びとお仕事をされる環境づくりを志向するのは、、だいぶ間を省略するが、、僕やガイアックスというものが儲かるからである。

 

あと、結局のところ、偉そうにしたいと思っても、偉そうにすることなんてできない。もっと言えば、教えることがたくさんあったとして、また、教えた所で、尊敬もされない。
尊敬されることが儲かることなら、尊敬されるようにがんばろう。
しかし、そうしたいと思っても尊敬されない。もはや、ネット時代だから。

僕は、脳と脳をつなげたい。
脳と脳がつながることが、この時代に生きる僕達の使命だと思っている。

結局、教えることなんてできない。
僕の脳の中身を、アクセス可能な領域に置くだけの話、検索されやすいようにして、APIを用意するだけの話し、なんだ。
本を書いて、著者ということだけで、「偉い人になれる」時代ではない。
参考になるサイト、たとえば、「Wikipedia」というサイトがあったとして、みんなアクセスしてる。みんなその情報をゲットしている。
でも、そのサイトやサイトの運営者に対して、誰が尊敬しているのだろうか。
尊敬をしていないのだ。
でも、だから、なんなのだ。
それでいいのだ。

 

知識がある、経営能力がある、皆に対して指導をする、情報を提供する、

それがどうすれば尊敬につながるのであろうか。
いや、きっと、つながらない。

そして、尊敬につながる必要はなく、そして仮に尊敬につながったとしても儲からない。

大切なのは、脳の中身を開放すること。SEO対策をして検索されやすいようにすること、APIを充実させること。
ただ、ただ、それなのだ。

ただ、誤解の無いように。「脳の中身を開放して脳と脳をつなげること」これは、手段ではなく、もはや僕の中では目的なのだ。
それが「儲かる」と思ってはいるのだが、、、だとしても、それが、僕の人生のメインではない。
世の中の脳と脳をつなげて、世の中の全ての人が成長しやすくなる、それが目的なのだ。

 

その割には、脳置き場ブログの更新がない。僕って、脳が無いのかな。もしかして。

 

2017年もっとコミュニティじみたモノに

ガイアックスは、創業以来「Empowering the people to connect.」、つまり「脳と脳をつなげる」「人と人をつなげる」を掲げている。インターネットの登場により、テクノロジーの可能性と、僕がやりたかったこと・人生でやるべきことがリンクして生まれたミッションだ。

以来、このミッションに基づき、ソーシャルメディアとシェアリングエコノミー関連の事業を中心に拡大させてきた。

創業当初は、この事業分野の説明として「脳と脳をつなげる」「人と人をつなげる」事業なのです!とだけ言っても誰にも伝わらず、「ソーシャルメディア」や「シェアリングエコノミー」などの便利な単語も、もちろん存在しなかった。
そのため事業を説明するときは、まず、インターネットに2つの機能があることを伝えていた。

ひとつは、インターネットはコミュニケーションツールであるということ。電話や手紙やFAXなどと同じく、1人と1人が個別のメッセージを送り合うことが可能になる。
もうひとつは、メディアであるということ。新聞や雑誌、テレビやラジオなどのように、広く多くの方にメッセージを伝えることができる。

これら2つの機能(コミュニケーションとメディア)が重なり合うのがインターネットのスゴイところです、インターネットを通じて人と人を、脳と脳をつなげていきます、という話をしていた。ガイアックスのやっている事業分野の説明は、本当に難しかった!

当時、無理やり使っていたのは、まだ世に出てきていない「ソーシャルメディア」でも「シェアリングエコノミー」でもなく、「オンラインコミュニティ」という単語であった。人が集まるしなぁ、だから、コミュニティ?みたいな感じで使っていた。

「コミュニティ」というと、ちょっとした田舎でご年配の方々がリアルに集まるというイメージを持たれ、誤解を招きがちだったが、とはいえ、代替案はなかった。

ともかく、創業時からガイアックスはその分野に取り組んでいたのだ。

 

みなさまのご支援のおかげで、現在のガイアックスは、売上50億円を超え、関わってくださるスタッフの方は、1000人規模の会社に育ってきている。
社内SNSや、学校裏サイト対策、企業のSNS活用やコンサルティング、最近ではシェアリングエコノミーなど、ミッションに沿った事業を拡大中である。

そして、事業を拡大していくにつれ改めて思うのが「私たちは、コミュニティ作りをしているのだ」ということである。

昨晩も、「私たちの取り組んでいるシェアリングエコノミーは、マーケットプレイスなのか?コミュニティなのか?」をテーマに深夜まで議論をしていた。

まぁ外からみたら、明らかにマーケットプレイス、つまりサービスの販売なのだが、理念としては「コミュニティ」の方が当てはまる。「サービスの販売」がゴールではなく、ホストもゲストも含めた大きな人間関係を作るのがゴールなのである。長時間に及んだ議論も、「やはりコミュニティだろう」という結論に落ち着き、改めて皆でそのことを確認したのだった。

 

2017年、ガイアックスはオフィスを移転し、働く環境・組織の環境を新しく作り直すというプロジェクトに取り組んでいく。
パソコンや周辺機器などのファシリティ、空調や日差し、空間の広さや座り心地、たしかにこういうのも重要だろう。
しかし、働く環境についてとことん考えていくと、必ずと言っていいほど湧いてくる疑問が「そもそも、なぜ出社しなければならないのか」である。下手をすると、自宅の方が、作業をするには良い環境だったりする。
それでも出社する理由、それは「人は人を求めているから」だと僕は考える。

社内はもちろん、一緒に仕事をするパートナーなども含めた関係者、もっと言えば、これから関係者になるかもしれない潜在的な関係者(つまり、今日の時点でまったく会社や事業に関係のない人)と出会い、いかに交流を深めていくか、が、組織の環境作りとしても重要なテーマだ。

赤の他人も含めた、より多くの人たちと繋がっていくことで、強烈な方向性を共有したゆるやかなグループがうまれ、議論や作業に深みが増していく。そんな「コミュニティ作り」こそが、組織の環境作りなのだと、僕は確信するようになった。

 

2017年、僕は、ガイアックスは、事業としても組織の環境としても、よりコミュニティじみたモノを目指していく。