働き方改革の末路

【A】裁量労働制になっている。
【B】リモートワークを自由にしていい。

この【A】と【B】が、両方、整っている場合は、非常に危険である。
簡単に言うと、出勤が自由なのである。

ガイアックスでは、裁量労働制をできる限り導入している。そして、リモートワークもOKである。会議に始まる瞬間まで、オフィスにいるのかいないのかも分からない。
東京にいる面接中の大学生とも、なぜかよくオンライン会議となる。間違えてオフィスにいらっしゃった大学生が1人でオフィスから、ガイアックスのメンバーにオンライン会議していた。シュールである。

もはや、まったく管理できないし、組織の手触りがなくなってくる。
年一回とかのチームごとの合宿やオフサイトミーティングで、「はじめまして」という挨拶が連発するようになる。

 

【A】裁量労働制になっている。
【B】リモートワークを自由にしていい。
【C】クラウドソーシングを自由に使っていい。活用しまくっている。

クラウドソーシングを使っていい。いいように聞こえるが、実は、従業員としての立場が脅かされる第一歩である。
まぁクラウドソーシングと略しているが、シェアリングエコノミーの各種プラットフォームを使えば、ありとあらゆる業務をソーシングできるのである。

ガイアックスでは、新人でも、ともかくクラウドソーシングもしくは何かしらのシェアリングエコノミーのプラットフォームを利用するように勧めている。誰であっても5万円までの発注は、稟議なしでの発注を可能とした。
「えっ!そんなに自由にクラウドソーシングを使っていいの?細かいお仕事全部頼んじゃお!」
喜ぶのは早い。

もはや、事業運営をしている立場からすると、出社してこない社員も、クラウドソーサーも、もはや違いがなくなってくるのである。
ランサーズでいうところの「#採用やめよう」の世界観である。
もはや、社員の給料のベンチマークとして、クラウドソーサーと比較され、その上で給料が決められていくのである。
働き方改革という名の元に、自由な働き方を社員さんのために、と思わせておいて、真に危機が迫ってくるのは、社員さんの方かもしれないのだ!

 

【A】裁量労働制になっている。
【B】リモートワークを自由にしていい。
【C】クラウドソーシングを自由に使っていい。活用しまくっている。
【D】副業解禁。

普通、副業の解禁を段階的に行っていく会社が多い。たしかにどういう影響が発生するかわからないから、慎重に様子を見ながら解禁していく、というのは、ある意味、正しい動きなのかもしれない。
ただ、もはや、少しでも副業を解禁しはじめた時点で、「賽は投げられた」のである。また、もはや「50歩100歩」なのである。全部、自由に解禁せざるをえなくなるし、もはや、しちゃってもしょうがないかと思うしか無いのだと思う。

ガイアックスはどうなのか?自由である。自由にした、のではなく、もともと、自由。みんな意識してなかった。僕も気がつけば、過去何回か、他の上場企業の社外取締役とかやってたし。昔のCFOの小高さんが、当時、Tokyo Otaku Modeの創業メンバーに入ってマスコミを賑わしていたし。今も、ADDressを起業した佐別当さん、一応、ガイアックス正社員との兼業状態だし。兼業起業家だ!

僕の秘書さんも、気がつけば、ガイアックスの人事と、ガイアックスのグループ会社の管理部と、どこか外の会社の新規事業と3つを兼任している。結果的に、僕の秘書業は抜けつつある状態で、秘書さんではなく、元秘書さんな感じ。

Nagatacho GRiDでイベントとかをしていると、終了確認に、別の部署の若手営業マンがやってきたりする。
「あれ?なんで、君が終了確認してるの?」
「これ、副業で、一回あたりGRiD事業部から5000円もらえるので!」
グループ内にも、副業が飛び交っているのだ。
もはや、1人に対して、1つの部署からお金を支払う、という感じではない。

 

この【A】【B】【C】が揃っているところに、副業を解禁する、ってことは、本当にヤバイ。
もしも僕が社員の立場だとすると、個人として、会社が副業を解禁してくれるのであれば、単純にすごく喜んでしまうのかもしれない。
しかし、それは、会社全体としての深い闇への第一歩なのかもしれないのである。本来、副業解禁日というのは、会社の滅亡カウントダウン開始日として、線香の1つでも上げるべき日だったのかもしれない。
あなたが副業をするかどうかは関係ない。組織が崩壊しはじめるという深い闇への第一歩である。

ある事業の責任者がこう言い出した。
「この開発案件、ひとりで1人月ぐらいだから、ガイアックスグループの仕事出来るエンジニアさん誰か作ってくれないかな。」
「開発事業部に発注するってこと?」
「いや。事業部じゃなくて個人に発注したい。」
「えっ。それマズくない?個人に直接?事業部を通さず?」
「でも、きっとガイアックスグループのエンジニアさんも副業しているかもしれないよ。僕らも日頃からクラウドソーシングというか、副業として受けている人に発注しているかもしれないよ。だったら、もはや、最初から副業でどう?って尋ねるのでいいんじゃない?」
「それって、社内で、『そっちの事業部でこの開発請けたらいくらかかるの?で、君個人で請けたらいくらなの?』って会話をするってこと?」
「そうだね。」
そのうち、客先でも、これ会社で受けるといくらですが、個人で受けるといくらです。とかって言い出しそう。怖い怖い。

ガイアックスグループとして、決して、儲けどころを逸するわけにはいかない。

早く、ガイアックスの周りで個人で仕事を受けている人が、もっと楽に仕事を受けれるように、請求書代行サービスとか、決済代行サービスを始めて手数料を稼いだ方がいいだろう。
それに、個人とかで受けちゃうと、万一、病気とかなったら、クライアントさんに迷惑が掛かっちゃうから、万一用の保険のサービスというか、代理メンバーアサインサービスとかも必要かもしれない。これで儲けるのも手だろう。
周りのメンバーの良し悪しが、すぐに見て分かるように、レビューをまとめて、星4つとかって、HPでアップしていってもいいかもしれない。
より個人が仕事を受注できるように、個人をピックアップして、HPで紹介していったほうがいいのかもしれない。

なるほど、働き方改革って、簡単にいうと、シェアリングエコノミーのことだったんだー。
あー。会社の外と中からシェアリングエコノミーになっていく。
こうやって、世界はシェアリングエコノミーになっていく。

 

なぜ僕たちは映画上映をするのか?

なぜ、ガイアックスは、そして、NagatachoGRiDでは、シリアスな映画の上映をするのか。そして、食事も提供していろいろ語れるようにしているのか。

ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーによって、
他人同士がつながっていくことは、
脳と脳がつながっていくことは、
実際には、それ自体にそこまで意味がなく、
それによって社会が変わることが重要で。
また、何が大きく変わるのか、何を大きく変えることができるのか、というと、いろいろな局面で「社会問題」と言われている問題の解決に、もっとも意味があると考えている。

ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーで、たしかに儲かったり、たしかにより適切な物質が手に入ることもあろう。
友達もできるし、楽しい時間も過ごせるだろう。
でも、それだけじゃなくて、「社会問題」が解決するのだ。

 

そもそも社会問題に興味がない、、のも、まぁ個人の自由ではある。でしょうが、正直、かなり違和感を覚える。

だいぶ前にガイアの夜明けで、スターバックスのゴミ問題、いかにプラスティック製のストローを撤廃するか、が取り上げられていた。担当の女性は、紙のストローだと5分ぐらいでしなってくるし、一定のコストに抑えないといけないし、と、かなり苦労をしていた。

世の中では、クジラがプラスティックを食べ過ぎて死んでしまったりとか、鹿がビニール袋を食べ過ぎて死んでしまったりとか、多種多様な社会問題がある。
スターバックスでも多種多様なお仕事があるだろうけど、僕なら「こういう問題をなんとかしてこそ、まさに自分のスターバックス人生を全うすることになるのだ。」と思うだろう。
そのテレビで取り上げられていたスターバックスの女性も、苦労はしていたものの、きっと彼女にとって素晴らしいお仕事で、きっとめちゃくちゃやりがいのあるお仕事なんだと思う。

もちろん、プラスティックを撤廃することだけが、全国民の問題ではないのは、もちろんそう。ごみ問題以外にも、ややこしい問題がいろいろ世の中に蔓延っている。
今日の時点で、たくさんの社会問題があり、個人として取り掛かるのは、それのどれでもいいと思う。

また、その社会問題をクリティカルに引き起こしている原因は、
今日の世界のコミュニケーションの枠組みが問題であり、ほぼ同意義で、資本主義が問題であり、
それらを解決する根本ソリューションは、新しいコミュニケーションであり、これもほぼ同意義で、ソーシャルメディアとシェアリングエコノミーなのだと思う。
ソーシャルメディアとシェアリングエコノミーが伸長して、資本主義への依存度が下がることが、現行の社会問題(云わば、マジでバカな事)が激減すること、に一致しているのは、間違いない。

 

ついては、ガイアックスのメンバーは、これらの関係性をよりイメージするために、「私たちはコミュニケーションの枠組み不足がゆえに、集団としてバカなことをやっているなぁ。」と、自分たちのことをより正しく理解するために、社会問題をより詳しく知るべきである。
加えて、毎日の私たちの仕事が、レンガを積んでいる仕事をしているのではなく、教会を作ってたくさんの方を幸せにする仕事をしていることを自認するためにも、最終ゴールである、社会問題に親しむことは、すごく重要なんだと思う。

多くの人の感情として、現実として、もちろん、社会問題に興味がないわけではない、、が、接する時間もないし、情報も入ってこないので、なかなか、自分自身のマインドシェアを占有しない、というのは、すごく理解できる。
かくいう僕も、まさにそういう感じ。

だからこそ、一瞬で状況が分かり、感情レベルに影響を与えてくれる映画というのは、最高のソリューションだと思っている。
本読むより映画見る方が、遥かに楽だし。少なくとも個人的にはそう思っている。
テレビを見てると、CMもあるし、バラエティもあるしで、邪魔されるが、映画はそんなことはない。2時間ずっと集中して見ていられる。

シリアスな映画をラインナップして、市民上映を気軽に出来るようにしているCinemoというサービスをしているユナイテッドピープルさん、関根社長は、本当にすごいと思う。関根社長こそ、現代の義士だと思う。サムライっぽい髪型だし。
ぶっちゃけ、全然知らないけど、あまり儲からなさそうだけど、その意義たるや!本当に素晴らしいと思う。
ぜひ、ぴあさんや、ヤフー映画さんや、映画.comさんにも、Cinemoのサポートする市民上映会の情報も網羅してもらいたい。

 

映画が良い理由として、もう1つ理由がある。
人は感情で生きていて、感情というのは、情報よりも遥かに高度でインパクトがある。感情だけが重要で、情報はその下支えというのが正しい理解だろう。

経営上やマーケティング上のテクニックとしても、感情に寄せていくべきなのは、もう明白になっている。
いま、「エモさ」をキーにしたサービスが伸びているのは、まぁ当然。
事業プレゼン1つとっても、ロジカルさ、より、エモさ、の重要性や評価が年々上がっていく。

「感情」をどう扱うのか、という点でも、映画はすごく参考になる。
起承転結をどう作るのか。
感情移入をどうさせるのか。
メッセージをどう伝えるのか。
まさにプロのお仕事!

 

・映画の上映イベントであること
・シリアス映画であること
・それについて、食事をしながら会話し交流ができること

自分で言うのもなんだが、こんなセンス溢れるイベントってないよな、って思う。ガイアックスのメンバーが参加すべきイベントってないよな、って思う。まさにお仕事。
そして、外部からでも、こういうセンスあふれるイベントに参加される方は、きっと接していて、刺激を受けることも多いでしょうし、視野を広げてくれる人になってくれるはず。
また、ガイアックスグループやガイアックスグループにいるメンバーの将来において、そういった人たちは、仲間になってくれる可能性が高いし、仲間になってもらった時に非常にプラスになる人だと思う。

そして、NagatachoGRiDの映画イベントって、独特の雰囲気を作っている。
映画上映中でも、気軽に席を立って、お酒を取りに行って、そして、ブッフェみたいなところから気軽にご飯を食べてる感じ。
最初から、ソファとか、クッションとか、いろいろなところにみんながくつろいでて、みんなが普通に会話している感じ。
映画が終わってからもみんなの語りが終わらない感じ。

ポートランドの映画館では、まさにこんな感じだった。
まるで友達同士で、で、リビングにいて、一緒に映画を見ているのと同じ雰囲気。

 

・私たちの仕事の目標を正しくセットし、より精緻に社会問題解決に活かすため
・今日時点でやっている私たちの今の仕事の意味をより深く理解し、より有意義に感じるため
・そういったお仕事をやっていくにあたって、良い仲間と集うため

僕も参加して、そういう方々との関係性を育みたいし、ガイアックスのメンバーはどんどん参加すべきだし、ブログをお読みの皆さんにもぜひ参加いただきたいし、そして、一緒に関係性を作っていきたい。

そもそも、ガイアックスを山根麻貴さんと一緒に創業したのは、そして、当時、ガイアックスという社名にしようと彼女が決めたのは、ガイアシンフォニーという映画を市民上映会で見たから。
その市民映画上映会が、このガイアックス、つまり、まだまだ小さいけど、とはいえ、数十億円規模の会社を、グループなど含めると、1000人近い人が働くような会社を作り上げたのだ。
やっぱり映画ってパワーがある。

NagatachoGRiDの映画上映イベントからも、いろいろなプロジェクトが立ち上がってくれると嬉しい。

シンガポールのシェアサイクル、3回ルール違反のユーザーは、全事業者による利用停止

週刊ダイヤモンド(2019年6月26日号)のシンガポールのシェアサイクルの記事を読んで、気になったのは、「3回ルール違反のユーザーは、全事業者による利用停止」である。つまり、シンガポールのシェアサイクル事業者は、ユーザー情報を事業者間で共有しているわけである。

この枠組みは、日本において、シェアリングエコノミー事業者間でも、ぜひ実装したい。一緒にやってくれるところ無いかな?
「ホストとゲストの利用規約違反者に関しては、他の事業者に共有する。」という規約に変更し、実際に他の事業者に共有したい。(シェアサイクル事業者間だけではなく、あらゆるカテゴリでの事業者間で共有したい。)
そして、「当サービスならびに情報共有する他のサービスでの利用規約違反の場合、サービス利用を停止する。」としたい。

こういう規約にした場合、どのような印象を、世間は、もしくは、ユーザーは、受けるだろうか。
「情報共有するなんて情報一元管理が進んで怖い。」
「個人情報保護の観点からそんなことが許されるのか。」
「ある1社の利用規約違反の判断は、そこまで正しいものなのか。」
「一度、レッテルを貼られると最後。現代のサービスでは何も使えなくなってしまうのではないか。」
「未成年も同様の扱いなのか。」
「時効のようなものは存在しないのか。」
「せめて、違反の事実のみを書くに留めて、取引をしようと思っているゲストないしホストの自己責任による判断で良いのではないか。」
と感じる人が多いのだろうか。

もしくは、
「他サービスで違反をした人を外すのは、ルール違反者を外すことになり、安心だから、ぜひ進めてほしい。」
「いろいろなサービスをホッピングして、ルール違反や犯罪をしている人を撲滅させることができるので、必須のはず。」
「そもそも他のサービスも使えなくなるという抑止力こそが、サービス内でルールが守られる力学になるのではないか。」
と感じるものなのか。

僕としては、まるで監視社会じゃないか&情報共有をしすぎていて怖い、と思われるかもしれないのだが、それでも、共有してでも、業界全体の違反者の発生を可能な限りゼロに近づけたいと思っている。
個人情報保護なども含む、いろいろな法律を確認した上ではあるが、また時効の設定なども必要になるが、このようなサービスを、まずは、親密先の事業者と一緒に取り組んでいきたい。

 

良くも悪くも、また、望もうが望むまいが、監視社会になっていくのは、もう自明なことである。
数年前のアルバイト先でのちょっとしたおふざけが、その人のキャリアをぶっ壊すわけである。数年前のちょっとしたつぶやきが、その人の人格否定となって、マスコミを賑わすわけである。
国民全員が理解していることであるが、アルバイト先でのおふざけが、ここ数年増えているわけではない。ちょっとした田舎でちょっとした不良が、当然のように学校の窓ガラスを割っていた時代からここ最近に向け、そういう「おふざけ」は、全体量としては急激に減っているものの、その1つ1つが、きっちり見つけられ、全国ニュースとなり、きっちりと犯人が特定され、当該店舗の売上激減につながり、損害賠償を受け、その子供を持つご家庭が悲惨な目になるのである。
そして、もれなく各企業は、そんなことにならないように予め、ガイアックスやアディッシュが提供する、ソーシャルメディアリテラシーの研修を全従業員に受けさせた方が良かったと後悔するのである。宣伝!

シェアリングエコノミー産業は、プロが提供するサービスに比べて、安全性が低いのではないか、と言われることがあるが、決してそんなことはない。
現代のサービスであるシェアリングエコノミーは、ありとあらゆるものを記録し、保存しているわけである。たとえば、ライドシェアの場合、すべての移動経路を指示され、すべての移動経路を記録され、全ての乗客からドライバーのレビューが入り、少しでもレビューが下がってしまうと、二度とドライバーの仕事にありつけなくなるのである。

 

先日、深夜に恵比寿と目黒の間ぐらいから、渋谷の方にタクシーに乗ったのだが、その時の話。
タクシーを拾うべく、こちらに向かってくるタクシーに手を挙げたが、なかなか止まろうとしない。手を挙げても気づかないのか。道路に出て、手を振っても、僕の方に普通のスピードで向かってきて、まったくスピードを落とさない。怖くなって横に避けたが、直前になってやっと気付いてくれた。
そのタクシーに乗ってから、そこでやっと気付いたのだが、その運転手さん、暗いところがよく見えていないみたい。途中、道路の中間分離帯にもぶつかりそうになるし、最後の目標物の看板も本当に近くに来るまで、見つけてくれない。
無事僕は目的地に到着したが、そのドライバーさんはそのまま走り去って、次のお客様を探しに行くわけである。

どういう体験であれ、ありとあらゆるサービスを受けた時に、全てが記録できるような世の中に切り替えていきたいと思う。
もちろん、僕だって既存サービスについては、日常生活において、レビューをサボっている。
食べログもほとんど書かないし、ホテルのレビューもほとんど書かない。通常のサービスにおけるレビュー投稿率は、1%程度であろうか。いつも、イマドキを生きる人として、最低限の義務として、ダメだダメだと思いながら、ついレビューを書かない。そして、タクシーの運転手さんについてのレビューは、書きたくても、システム的に書くことができない。いや、違った。ハガキに書いて投稿すれば、万人が見ることができないが、一応フィードバックができる。ハガキ。
しかしシェアリングエコノミーサービスにおいては、僕のレビュー投稿率は高い。基本は100%ではないだろうか。メルカリ、ヤフオク、Aribnb、Uber、TABICA、ココナラ、ランサーズやクラウドワークス、ありとあらゆるサービスでちゃんとレビューを書いている。

 

レビュー、、、あぁ、考えるだけで、すごくいい。

あるサービスを受けようと思った時に、過去にそのサービスを受けた人全員の脳と瞬時につながって、その人たちのサービス利用後の生々しい感情が、そのつながった線から僕の脳に流れ込んでくるのである。

僕を見かけた人は、過去、僕と触れ合った人全員の脳と瞬時につながって、僕とその方々との交流で発生した生々しい感情が、見かけた瞬間にその人の脳に流れ込んで行くわけである。
あぁ、日々、油断せずに、精進して生きていかねば。

シンガポールでシェアサイクルが消えてしまう

シェアサイクルが十分にあったはずのシンガポールにおいて、規制強化に伴い、かなりの事業者が撤退することとなった。

週刊ダイヤモンド(2019年6月26日号)からのポイントを整理すると、
−−−
●事業者に免許制を導入
→まぁ妥当かな。
●自転車の登録台数の上限設定
→かなり少なめの数値設定とのこと。残念!
●利用者が指定駐輪場に止めるまで課金が続く仕様とする
→指定駐輪場という概念は違うと思う。
●3回ルール違反のユーザーは、全事業者による利用停止
→すごいルール!
●ルール違反の事業者への罰則強化
→これはまぁ妥当かな。
−−−
とのことである。

自転車が減り、駐輪場が減り、利用者が減り、事業者が採算が合わなくなり撤退し、、、ということで、ネガティブスパイラルに入っちゃっているわけである。非常に残念である。まぁありえない。

これは、シェアリングエコノミー協会、代表理事として、の発言ではない。
トライアスロン大好き、自転車大好き人間の上田として、のコメントである。

はっきりいうが、絶対にこのシンガポールの規制強化は、間違っている。バカじゃないかと思う。
ちなみに、日本においてもシェアサイクルは全然普及していない。その理由は明白だ。シンガポールと同様に路駐が許されていないからだ。だからと言って、公共が十分に駐輪場を用意しているわけでもない。

 

中国のシェアサイクルを見て、いろいろな意見を言う人がいる。
・自転車がたくさん捨てられている。有り余るほどの自転車があり、社会問題だ。
・事業者の多くは、経営難になり、やっぱりシェアサイクルのシステムは社会において間違っていた。デポジットを返していない事業者もあり、消費者は欺かれた。

中国のシェアサイクルがたくさん並んでいる風景を撮した写真。あの写真に、インパクトを感じられた方は多いとおもう。あの写真をブログにアップして、これはいかがなものか、という論調は多い。

たしかに事業者の経営判断ミスもあろうが、そもそもの経営判断は、日本にいる普通の経営者の日頃の経営レベルに比べ、遥かに高度なレベルでの話であり、そこら辺にいる日本人が気軽に突っ込めるレベルでの話しではない。いわば、日本の大学のバスケサークルのメンバーが、NBA選手の判断ミスをあざ笑っているようなものである。

だいたい、社会全体の意思として、シェアサイクルをもっと普及させていないのは、本当に間違っている。バカだ。
現在の日本のシェアサイクル事業者は、この厳しいマーケットにおいて、よくもまぁ日本人のためにシェアサイクル事業に参入し、頑張ってくださっていると思う。まさに真の貢献者である!

ドコモ・バイクシェアさん、いつもお世話になっています!僕は、かなりのヘビーユーザー。
コギコギさん、地方都市などで、低価格に導入を可能されてがんばっていらっしゃる。
ハローサイクリングさん、勢いよく伸ばされている印象が。
その他、多くの会社ががんばっていらっしゃる。

 

●普通に自分の自転車に乗るよりもシェアサイクルが良い理由

君は、自転車が普及し、通勤など日頃の交通手段として普及しているオランダの、駅前などの自転車置き場を見たことがあるか?

オランダにおける大抵の自転車置き場は、かなり広大なスペースであり、そして、そこにかなりの数の自転車が並んでいる。その光景は、壮大すぎて、笑いがでてくる。広々としたスペースに地の果てまで自転車が埋め尽くされ、並んでいるのである。

なぜそのように並ぶのか。
それは、そこに置いている、ある一台の自転車は、その所有者しか利用することができないからである。なんと、人の数だけ自転車の数が必要なのである。

それに比べたら、当然であるが、中国の自転車の量なんて可愛いものである。
なぜ、シェアサイクルの普及している中国では自転車の量が少なくて済むのか。そこに置いている自転車は、万人が利用することができるから、絶対的な量は少なくて済むのである。どうせ、自転車なんて、長くても、1回に30分とかしか乗ることはない。だから1台を20人とか30人でシェアすることができるのである。

シェアサイクルの路駐がダメって言っている時点で、ナンセンスなのである。普通に自分の自転車だったら、普通に路駐をしている人は多いのではないだろうか。
つまりシェアがダメなのではなく、自転車が普及し、絶対量が増えたら、それだけで普通に問題になるのである。少なくとも、普通に一人一人が自分の自転車を乗って止めるより、必要となる駐輪スペースは、そして、問題になるレベルは、シェアサイクルの方が、数分の一とかになる時点で、セーフティなのである。
中国では、残念ながら、シェアサイクルが便利すぎて、数十倍とかの規模に伸びちゃったから、シェアサイクルが槍玉にあがって問題になっているだけである。

 

●自転車がそもそも良い理由

君は、今、都市にある道路の使われている面積を100とすると、自動車、歩行者、自転車、それぞれにどのぐらいが割り当てられているか、分かるか?
僕の目視という、統計的に全く信用のおけない統計結果では、自動車:歩行者:自転車で、90:9:1である。
もちろん、自転車用の青い専用通路が、最近は、少しずつ出来てきてはいる。信号や道路が斜めに分かれるごとに、急になくなったり、復活したりするやつである。そして、上にきっちりと何台もの路駐車が停まっていて、まったく真っ直ぐに走れないやつである。左折の度に、左折車が左ギリギリに寄ってきて、いつも怖さを感じるやつである。

君は、自動車に通常、何名が乗車しているか知っているか?
同じ統計手法では、だいたい、多くは1人である。もちろん2人のこともあるが、まぁなかなか3人とか4人とかっていうのは見ない。

次に、君は、1人だけで乗っているだろう自動車と、自転車の占有面積は、どのぐらいの比率になるか分かるか?
まぁ自転車5台分ぐらいのスペースを、自動車1台で占有しているわけである。それが駐車中の話なら、車1台のスペースに自転車10台は設置できるのではないだろうか。

改めて説明すると、僕たちは、僕たちの都市の道路において、超「省スペース」な自転車に、車用の道路の何十分の1のスペースだけを割り当てた挙句に、そこを溢れた瞬間に、「危険だ!」、「邪魔だ!」って叫んでいるだけなのだ。4車線のうち、2車線を自転車専用道路にするとか、自転車の駐輪・路駐スペースに当てるとか、もっと自転車ナイズされた都市になれば、余裕すぎて、絶対に危険だなんてことはない。ただでさえ、自動車と比べて、危険な事故が発生するわけないのに、もしも、自転車ナイズされた都市になれば、もっと危険度は減るだろう。

東京の駐車スペースを一気に半減させて、そこに自転車置き場を作れば、いくら普及したところで、絶対に自転車の路駐が問題になるわけがない。絶対にガラガラで埋まることはありえないだろう。道路の一部を、ところどころ、パーキングメーター設置の駐車場にしているが、同様に道路の一部を自転車置き場にすれば、さらに自転車で満車になることもまず想定できない。しかも個人所有の自転車ではなく、シェアサイクルなら、数倍、スペースを圧縮できる。

きっと車は、停めるところがなくなって困るだろう。その上で言いたい。車なんて、邪魔で危険で社会的に悪なんだと。
そして、車ばかりが並んでいる道路の写真を撮って、ブログにアップして、言いたい。こんなに車が並んでいるのですよ!と。

 

●体を動かすこと

そもそも一番言いたいことはそんなことではない。
何より、移動をするのに、自分で体を動かして移動をすることができる自転車がいいのだ、っと言いたい。
人生において、特に、忙しくてタブレットやパソコンに向かいがちな社会人人生において、体を動かすこと、運動をすること、これはかなり優先度の高いことである。

分かるかなぁ。自分の力でペダルを漕いで、前に進んでいくその爽快さ。トライアスロンの競技、3つとも大好きだけど、自転車も本当に大好き。もちろん、東京オリンピックの観戦でも、真っ先に、トライアスロンを申し込んだよ。開会式や閉会式なんかより、一番見てて楽しい時間になるはずだよ。
まぁ東京オリンピックのチケット、申込み大変だったし、その挙げ句に、全滅だったけどね。

自転車に乗って、そして、iPad Miniを入れたメッセンジャーバックを担いで、スニーカーとクロップドパンツで、都内を回る気持ち良さ。

車で移動とかって、すぐに運動不足になりそう。中西部のアメリカって、家の前の車に乗って、オフィスや店先まで車で移動したりするけど、マジで信じられない。致命的な運動不足になりそう。太っちゃって、元に戻れなさそう。
自動車、、まさに自動化。そのうち、人類は、口にチューブを挟んで三食を済ませるようになるのだろうか。

それに比べて、やっぱり自転車は最高!
レース中の自転車も、汗をかきながら、水を浴びながら、山を登りながら、海な景色を見ながら、最高の気持ちになれる。
だけど、街中の自転車ライド、特に春や秋の天気の良い日なんて、本当に最高!移動途中にあるカフェやニューオープンのレストラン、おしゃれなショップを覗きながら、風を感じて走っていく感じ。

やっぱり、自転車がサイコー!
もはや、シェアとか、シェアじゃないとか、どうでもいい。
自転車は、ともかくオススメなのだ!

社会システムよ!早く来い!そのためにも、みんな、自転車に乗ろう!

2017年もっとコミュニティじみたモノに

ガイアックスは、創業以来「Empowering the people to connect.」、つまり「脳と脳をつなげる」「人と人をつなげる」を掲げている。インターネットの登場により、テクノロジーの可能性と、僕がやりたかったこと・人生でやるべきことがリンクして生まれたミッションだ。

以来、このミッションに基づき、ソーシャルメディアとシェアリングエコノミー関連の事業を中心に拡大させてきた。

創業当初は、この事業分野の説明として「脳と脳をつなげる」「人と人をつなげる」事業なのです!とだけ言っても誰にも伝わらず、「ソーシャルメディア」や「シェアリングエコノミー」などの便利な単語も、もちろん存在しなかった。
そのため事業を説明するときは、まず、インターネットに2つの機能があることを伝えていた。

ひとつは、インターネットはコミュニケーションツールであるということ。電話や手紙やFAXなどと同じく、1人と1人が個別のメッセージを送り合うことが可能になる。
もうひとつは、メディアであるということ。新聞や雑誌、テレビやラジオなどのように、広く多くの方にメッセージを伝えることができる。

これら2つの機能(コミュニケーションとメディア)が重なり合うのがインターネットのスゴイところです、インターネットを通じて人と人を、脳と脳をつなげていきます、という話をしていた。ガイアックスのやっている事業分野の説明は、本当に難しかった!

当時、無理やり使っていたのは、まだ世に出てきていない「ソーシャルメディア」でも「シェアリングエコノミー」でもなく、「オンラインコミュニティ」という単語であった。人が集まるしなぁ、だから、コミュニティ?みたいな感じで使っていた。

「コミュニティ」というと、ちょっとした田舎でご年配の方々がリアルに集まるというイメージを持たれ、誤解を招きがちだったが、とはいえ、代替案はなかった。

ともかく、創業時からガイアックスはその分野に取り組んでいたのだ。

 

みなさまのご支援のおかげで、現在のガイアックスは、売上50億円を超え、関わってくださるスタッフの方は、1000人規模の会社に育ってきている。
社内SNSや、学校裏サイト対策、企業のSNS活用やコンサルティング、最近ではシェアリングエコノミーなど、ミッションに沿った事業を拡大中である。

そして、事業を拡大していくにつれ改めて思うのが「私たちは、コミュニティ作りをしているのだ」ということである。

昨晩も、「私たちの取り組んでいるシェアリングエコノミーは、マーケットプレイスなのか?コミュニティなのか?」をテーマに深夜まで議論をしていた。

まぁ外からみたら、明らかにマーケットプレイス、つまりサービスの販売なのだが、理念としては「コミュニティ」の方が当てはまる。「サービスの販売」がゴールではなく、ホストもゲストも含めた大きな人間関係を作るのがゴールなのである。長時間に及んだ議論も、「やはりコミュニティだろう」という結論に落ち着き、改めて皆でそのことを確認したのだった。

 

2017年、ガイアックスはオフィスを移転し、働く環境・組織の環境を新しく作り直すというプロジェクトに取り組んでいく。
パソコンや周辺機器などのファシリティ、空調や日差し、空間の広さや座り心地、たしかにこういうのも重要だろう。
しかし、働く環境についてとことん考えていくと、必ずと言っていいほど湧いてくる疑問が「そもそも、なぜ出社しなければならないのか」である。下手をすると、自宅の方が、作業をするには良い環境だったりする。
それでも出社する理由、それは「人は人を求めているから」だと僕は考える。

社内はもちろん、一緒に仕事をするパートナーなども含めた関係者、もっと言えば、これから関係者になるかもしれない潜在的な関係者(つまり、今日の時点でまったく会社や事業に関係のない人)と出会い、いかに交流を深めていくか、が、組織の環境作りとしても重要なテーマだ。

赤の他人も含めた、より多くの人たちと繋がっていくことで、強烈な方向性を共有したゆるやかなグループがうまれ、議論や作業に深みが増していく。そんな「コミュニティ作り」こそが、組織の環境作りなのだと、僕は確信するようになった。

 

2017年、僕は、ガイアックスは、事業としても組織の環境としても、よりコミュニティじみたモノを目指していく。