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すごくお腹が空いた。

トライアスロン、ロングディスタンスを完走したから、かなり体力を消耗しているし、その後ずっと、すごくお腹がへって、ずっといろいろと食べたくなる。ピザを食べたい。今、食べたいのは、イタリアな美味しいピザじゃなくて、アメリカな頭の悪い方のピザ。
ここまで体が食べ物を欲するのは、きっと身体中のエネルギーのバッファが使い果たされているからなんだろうと思う。

 

今回、フロリダのアイアンマンの大会に出場した。
直前までフロリダのマイアミビーチで開催予定だったが、1ヶ月前にまさにマイアミビーチに上陸したカテゴリー4のハリケーンマイケルの被害が甚大で、急遽3週間前に、会場が同じフロリダのオーランド近くに移った。
ハリケーンのニュースを見た時には、間違いなく中止だろうと思っていたが。こんなに短期間で切り替えて開催できるなんて、道路占有許可などが大変な日本では、とても考えられない。トライアスロンのロングとなると大会を開催することは、かなり大変なのだ。マラソン大会なら手配すべき距離は、40km分で済むが、バイクもあるので180km分も占有が必要なのである。ボランティアも100人単位で必要なのである。

海外で大会に出るのは、15年ぶりぐらい。しかも、前は、ロタでショートの大会だったから、アイアンマン、つまりロングでの海外での大会は初めての体験なのだ。申し込んで以来、楽しみにしてたから、なんとか開催されると聞いて、すごくびっくりしたし、すごく嬉しかった。

 

ちなみに、アイアンマンは、一般名詞ではない。WTCというある企業が提供するブランドのことである。
当たり前だが、トライアスロンのレースは、誰だって開催できる。僕の大好きな鳥取県の皆生温泉の大会は、地元の協会が主催の「全日本トライアスロン皆生大会」である。ほのぼのとして良い大会である。スイムやバイクやランの距離も彼らが自由に設定している。
しかしながら、アイアンマンのブランドをつけて大会を開催するには、WTC社の設定するレギュレーションに従って、そして、WTC社にロイヤリティを支払って、開催するのである。距離も指定されており、自由に設定できない。一律、スイム3.8km、バイク180km、ラン42kmである。
アイアンマンの大会は、結果として、世界中の各地で開催されていて、年度ごとにその成績優秀者は、その年のハワイの大会に参加することができる。憧れのコナの大会である。
他にも、そのコナの出場できる要件もあり、累積参加回数によって、条件が優遇されるなどもあるそうだ。今回、同じチームとして、ご一緒させていただいた弁護士先生は、今年だけで世界中のアイアンマンに4回目の参加、とのこと。すごい!

大会主催者が、そのWTC社に対して支払うロイヤリティは、大会1回開催あたり、50万ドルとかそういう水準だとのこと。トライアスロンは、オープンウォーター(海や湖でのスイム)の大会やマラソンの大会と違って、いろいろなところで制約条件が掛かるため、参加人数を増やそうと思っても2000人やそこらが上限である。2000人でその高額なロイヤリティを賄うわけなので、道理で参加費が高くなるわけである。会場では、アイアンマングッズの販売もあり、飛ぶように売れている。もちろん、それらも割高価格なのだが。
まぁ、そのロイヤリティを支払って、アイアンマンブランドを冠した方が、ただの地元のトライアスロン大会より、世界中から参加者も集まってくるし、予約などのシステムもあるし、リアルタイムで選手のタイムが分かるウェブサイトなどもあるし、実際のレースのルールなどの運営もかなり手馴れたものであるし、運営にとって、良いところも多い。
いわば、自分でハンバーガー屋さんをするより、マクドナルドに加盟した方が手取り早く、良い事も多いわけである。

また、アイアンマンだと、当日までの盛り上がりが全く違う。
会場では、音楽がガンガン掛かりながら、マイクを持った司会が雄叫びをあげながら、選手のみんなを盛り上げていく。
「会場を変更することで奇跡的に開催ができたぞ!」みたいに叫び、会場のみんなからも「ウォー!!!」という感じになる。
「今回、道路の占有はしてないぞ!主要な交差点では、レースを優先するように案内の人はいるし、車は少ないから大丈夫だと思うが気をつけて!」みたいなルール説明でも、ノリノリのアナウンスである。
しかも、たかが、「車の鍵の落し物がありました。」程度のお知らせすら、同じノリでアナウンスしてくる。おかげで僕の英語力だと、どれが重要なお知らせか分からなくなってしまう。この盛り上がりこそが、さすが、アイアンマンの運営である。

 

WTC社を見ていて、どこにもでも儲かるビジネスはあるものだな、というか、儲かるビジネスというのは、どこからでも作れるものだなと思う。
たかがトライアスロンという狭いカテゴリのスポーツなのに、ロイヤリティ中心のガッツリ利益率の高い仕組みが生まれてくる。さすがこの世は、資本主義である。なんと年間営業利益60億円超とのこと。恐ろしい。
そして、そのWTC社を3年前ぐらいに買収したのが、中国の資本である。可能な限り短期間でのキャピタルゲインを獲得しにいくのが、利回り向上の有力手法でもあるし、それが故に売却しにいくのだろうし、そして、資金に余裕があり、高いブランド=ブランドによる独占がもっとも安定的な利益の源泉となる、のある会社なら何でも買えてしまうのが、パワフルになりまくっている中国なんだろうと思う。

 

そんなアイアンマンに参加してきたわけである。

僕たちのチームは、準備期間からは、オーランドの近くの「セレブレーション」という都市に滞在した。
思ってたより、寒い。僕のフロリダのイメージと違う。寒いの嫌い。暑いの大好き。夏が大好き。夏を求めて、フロリダのアイアンマンに申し込んだのに。勘違いだった。
前日の夜なんて、気温16度。東京の11月よりは暖かいかもだけど、持って行ってたTシャツじゃ過ごせないじゃないか。しかもレース当日の天気予報は、夕方に雷雨。
フロリダの海岸で、真夏な太陽を浴びて、オレンジを食べるつもりだったのに。

 

そして、レースの当日。朝4時に起きて、そして、朝6時30分、夜明けと共にレースが開始である。

まずは、スイムを3.8km。
今回は、オーランドの近くなので、海はなく、残念ながら湖での開催。湖と言っても、もっさりとした池のような感じ。茂みとか藻とかがいっぱいで、とてもじゃないが、澄んだ湖ではない。

泳ぎながら、やっぱり、アイアンマンをやるって、マジでバカだなぁ、って思う。

1.9kmのコースを2周するわけだが、100mだって、連続で泳ぐとなるとたいした距離である。周りの選手たちとただただクロールで湖を泳いでいくのだが、正直、終わりが見えない。
やる事といえば、ずっと泳ぎ続けて、やっと次のブイにたどり着き、そして、休みもせず、次のブイに向かう。横で泳いでいる人もそうである。何をしているんだろう、本当にバカだなぁって思う。
泳ぐ距離が長すぎるから、1周、つまり半分が終わって、やっと一度、陸に上がれたタイミングで、「もう一度、僕は、次の2週目に突入するのか」と自問自答するぐらいであった。

だいたい、僕は特に綺麗好きだし、こんなクロールで伸ばした手の先すら見えない濁った水で泳ぎたくない。そもそも、こんな汚い水に入りたくない。岸周辺で足のつくところは、ヌルッと嫌な感じがしているし。

ちなみに、フロリダは、アメリカの中でダントツでワニが生息しており、ワニの被害も多い。2、3年前にも、このオーランドのディズニーランドで4歳の子供がワニに襲われたばかりである。ディズニーランドというアミューズメント施設の中でワニみたいな猛獣に襲われるなんて事があるというのが、本当に信じられない。それぐらいワニは、フロリダにおいて、日常である。

この湖はどうだろうか。現地のレースのスタッフに聞くと、「もちろんこの湖にもワニはいるよ。あっちの茂みの方かな。でも、少なくとも、昨年、別の大会で、この湖を使ったけど、その時は誰も襲われてないよ!」とのこと。
僕たちのチームのコーチは、前日の移動中の車の中で「ワニは、噛みついたら獲物を殺すために、自分の体をクルクルと回して、噛みちぎるのだそうで。なので、噛み付かれた時に重要な事は、それに抵抗してはダメで、死なないためにも、逆にワニに体をつけて、一緒に自分の体を回すのが大切らしい。」とアドバイスをつぶやいていた。ありがたいアドバイスである。

レースの中では、終わりなく、半永久的に泳いでいる、この濁りの下にワニさんが舌舐めずりしているかと思うと、本当にバカじゃねーかとしか思えない。僕は、フロリダの熱い夏のきれいな海のつもりだったのに!

 

1時間20分ぐらいを掛けて、3.8kmを泳ぎ終わった時には、すごい達成感。これでやっと残り15時間ぐらいのバイクとランの競技に移れる。

バイクは、比較的、良いコース。概ねフラットな感じで、まわりは、牧場で、牛とか馬が居たり、アメリカな的な広い一軒家が続く風景が広がったり、大きな湖(きっとワニがいるだろう)が広がったり。湖も外から見る分には、風景として、すごく良い。
しかし、ともかくバイクの180kmは、長い。時速20〜30kmで飛ばし続けれたとしても、長い。180kmといえば、大阪〜名古屋間ぐらい。
誰がこの競技を考えたんだろうか。なぜ180kmも走らなきゃならないんだろうか。本当に、この競技を考えた奴、そして、この競技をやっている奴、バカじゃないかと思う。

途中、80km地点ぐらいのところ、だいぶ先の方で、10人ぐらいの選手が、制止されて、立ち止まっている。レース中だとというのに、どうしたのだろう。
そして、僕の後ろから、救急車やらパトカーやらが、けたたましくサイレンを鳴らしながら、その人だかりのところに急行していく。
到着して見てみると、案の定、バイクと車の接触事故である。数名の警官が一旦、交通整理をしている。
事故の現場を覗くと、バイクと選手が道路に投げ出されていて、その選手は、警官の一人に頭を下から支えてもらっていて、そしてその頭から血が出ている。アスファルトに広がる血の跡。大丈夫だろうか。意識はあるように見える。無事でいて欲しい。見なきゃ良かったと思いながら、じっくり見てしまう。

別の警官は、バイクが通れる道を整理してくれた。そして、すぐに僕たち10人は、残りの100kmを終わらせるすべく、その横の道を通って、元気に走りはじめるのだ。

 

バイクが終了したのは、もう夕方の4時。少し日暮れを感じる空模様になってきている。
最後の競技は、ラン、すなわち、フルマラソン42kmである。

バイクからランのシューズなどに着替えるトランジションでは、選手同士でも、いろいろとお互いに声を掛け合っている。
まぁ、「Good job!」とか「がんばろう!」は、まだ分かる。
「あと少し!」「やっと、あとマラソンだけだ!」

どこの世界に、「やったね!あとフルマラソンだけだ!」という会話が存在しうるのだろうか。バカとしか、思えない。

 

ランは、最初に10kmを走った後、10kmの湖の周りを3周するコースとなっている。

25kmぐらいまでは、まぁなんとか頑張れた。
時差ボケと、睡眠不足と、疲れのせいだろうか、走りながら、フラフラし始めて、途中、目をつぶりながら、走っていた。強烈に眠い。
ちょうど走っていると、チームのコーチに出会えた。
ホッとして、そのまま、道端の木の根のところに倒れ込んだ。眠たいし、寝ようともしたが、寝ている感じでもなく、でも、夢みたいなのを見ている感じ。
そんな中、上から、どんどん雨が降ってきた。うーん、ある意味目がさめる。
結果的には、倒れ込んでから、10分ほどで出発。パラパラとした雨のおかげもあり、だいぶ元気を取り戻した気がする。

 

パラパラとした雨が、どんどん大雨に変わっていく。そして、天気予報通りの雷雨へ。最初のうちは、靴や靴下を濡らすまい、と、水たまりを避けて走っていたが、全く意味がなくなってくる。あまりに豪雨過ぎて、そのうち、数mに渡っての水たまりがどんどん増えてきて、坂道に至っては水流にとなっていく。僕は、その水の中に、ズボズボと自分の靴を突っ込んでいく。

そして、寒い。僕は、寒がりだし、寒いのが嫌いである。あまりに寒くて、あるエイドでテントの下に入って雨を凌ぎながらガタガタ震えていると、見かねたスタッフさんが、大きなゴミ袋に頭を出す穴を開けて、体の上からズッポリと掛けてくれた。走りづらいことこの上無いが、豪雨には、バッチリ対応できている。ゴミ袋のおかげで、すごく暖かい!
なんでこんな中でこんなカッコで走っているんだろう。本当にバカだなぁって思うことばかりである。

 

ランのエイドステーションで用意してくれている食べ物として、オレンジが出てきた。
それまでは、レースで、ほぼほぼ変なものしか食べてなかったので、すごく嬉しい。
トライアスロンレースでは、朝6時から深夜まで行われるので、そして大量のカロリーを消化するので、当然にレースをしながら、食事をしなければならない。
そこで、ジェルと言われる食べ物がある。ねちょっとしたチョコの濃いのとか、ジャムの濃いのとかみたいな食べ物が小さなパックに入っている。それぞれ、ストロベリーとかレモンとかっていう味が貼り付けられている。これらのジェルと言われるものは、吸収が早く、荷物にもならず携帯しやすく、エネルギー量が多い食べ物だそうだ。きっと未来人の主食だろう。トライアスロンレースでは、ほぼほぼみんなこれを食す。同じチームのメンバーは、ロングのレースでは、これを12個食べると言っていた。
僕も食べるのだが、変な食べ物すぎて、つらい。
前日の打ち合わせのタイミングで、コーチからは、即席味噌汁の味噌のところだけをもらった。即席の味噌汁のパックを開けながら、「上田さんは、具は要らないですよね?」っていう謎の質問を投げかけられた。どうやら、味噌汁の味噌パックは、塩分も多いので、失われた塩を補充するのに、味噌のパックだけ携帯して、レース中にそのまま舐めるそうだ。レースで疲れて汗をかくと味覚が変わる。味噌も美味しいのかと期待したが、レース中食べてみると、普通にまずい。なんのことはなく、普通に現世の人の食べ物ではない。

それらに比べてオレンジって、なんて、ちゃんとした普通の食べ物なんだろうか。
ジェルとかでその日の1日のエネルギーを補充していただけに、「僕は、フロリダの大雨で、寒い中、住宅街でのオレンジを食べたいんじゃないんだ!真夏の太陽なオレンジを食べたいんだ!」と思いつつも、喜んでオレンジを食べまくった。

 

3周回の最後、大雨もほとんど上がり、泣いても笑っても、残り10km程度。残り10km、このまま行けば、タイムはボロボロながら、完走できる。
疲れ果てて、もうしっかり走れるような状態でもないが、がんばって、ジョギングなスピードで、もう夜の9時、真っ暗な、コースを走り続ける。僕の前にも後ろにも、ゼッケンをつけたゾンビたちが、僕もその一員であるが、みんなで、ゾロゾロと走り続ける。

1周目の頃は、近くのアメリカっぽい一軒家の街並みから、たくさんの賑やかなカッコをした人が音楽に踊りながら、応援をしてくれていたが、今は、大雨があったせいか、ほとんど応援の人はいなくなっている。でも、そこら中のご自宅から、大音量のポップな音楽は、そのまま流してくれている。

 

大雨の後は、すごく空気が澄むのだろうか、もしくは、涼しさのせいだろうか、空気がピンと張って、遠くまで見渡せる。すごく綺麗だ。森も街並みも雲もすごく綺麗だ。
パラパラな雨の中、夜風がすごく涼しくて、夜空がすごく綺麗で、道に流れ出てくる音楽と遠くの雷の音が心地よく、僕の身体はもう全力を使い果たしていて、でも、そして、走り続ける。
このフロリダのトライアスロンのこの感覚、この風景、この雰囲気は、忘れられないだろう。トイレを我慢しているのが気になりながら、一方で、こんな体験ができるなんて、僕は、なんて幸せなんだろうと泣きそうになってしまう。

 

20歳のころ30歳の頃もいろいろとあったが、ここ最近、ここ1年も、また、いろいろな事があった。
たくさんの人に多くのご迷惑を掛けたし、そして、みんな、いつも優しくいろいろとサポートしてくれている。
最近でも、悲しくて悲しくて、泣き続けたことも何度もある。
でも、この綺麗な夜空に包まれて走っている瞬間、すごく幸せを感じる。これは、幸せそのものだ。そして、これまでもこの人生で、信じられないぐらい幸せなことが、たしかにいっぱいあったってことを思い出す。

どう考えても明らかにバカなこと、それをやり続けて、やっと、頭では理解できないような幸せを感じれるゾンビになれる瞬間がある。

この瞬間が、永遠に続いてほしいなって思う。疲れ果てて、走れる限界を超えて走っているから、もう走れないんだけど、この夜景の中でずっと走っていたい。

きっと、この瞬間は何の意味もなくて、そして、すごく刹那的なものだと思う。
でも、人生は、こういう幸せを一つずつ噛みしめることがすごく大切なんだと思う。

 

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